たいとる : 『帰参』
ながさ : 短い
どんなお話 :ハルを待っていたぼっさまの話。
ちゅうい :他の話とはつながってない。 凡そGL/蝙蝠。 日本でいうところの旧盆過ぎ。



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137日目の夜だった。


七月に始まり、八月の半ば過ぎに解決した、死体のない連続殺人事件。
その顛末を記録し終え、彼はようやく眠りにつこうとしていた。
夜明けの僅かに手前。
特に遅い就寝、というわけでない。
ベッドに倒れ伏して瞳を閉じる。
衆愚の街の喧噪は遠く、木立を吹き抜ける夜風の静けさ。
暗闇に束の間去来する、量子力学や一般相対性理論も、やがては幽かな霧雨に。
と、その時。
何によるのか、彼は意識の一端が鋭利に尖るのを感じた。
夜闇の底から頭をもたげてみれば、窓の向こう、“光”が、カーテンを透かし左から右へ。
森を飛び交う蛍火の色にも似ているが、地球に棲息する甲虫類にしては随分と大きい。
“光”はふわりと流れ、右端の窓から見えなくなり、
暫くすると、また現れる。
今度は右から左へ、何かを探しているように。
そして、バルコニーのあたりで止まる。
彼は身体を起こした。
音を立てず窓辺に近づき、手を伸ばすと同時にカーテンを大きく開く。
“光”は、彼を見て笑った。

「さっさと中に入れろ」



殊勝にも、手土産にピザとビールを持参したグリーンランタンは、
枕元の灯りを点けると、ただのハル・ジョーダンになっていた。

「ふーん、これがおまえの部屋か」

と、いつものジャケットを脱いで早々にベッドに上がり込むが、ブルースは一言も承諾した覚えはない。
その厚かましさを指摘するのも今更のことで、彼は片眉を軽く上げて不興を表すが、
ベッドに戻ると、ハルの手からビールを受け取る。
枕に背を凭れた彼が、一口、二口と飲む間に、飢えていたのかハルはピザを一切れ平らげて、
すぐに次へと手を伸ばしては、シーツの上に落ちそうになったチーズを慌てて指ですくう。
その様子を、ブルースは眺めていた。

「観賞に堪えうるハンサムだろ」

などと口をピザでいっぱいにしてもぐもぐ言う男は、暗い閨、小さな灯りはその背の後ろにあり、
まだ明けぬ夜のせいか、声は傍らで聞こえても、なにか朧な影のよう。
ただ、その髪の先、頬骨の輪郭に、琥珀の光が振り撒かれ。

「ホントに見惚れてる?」

自惚れた台詞は、同時に、差し出されるチョコレートが毒入りかどうか疑う響きも微かに。
ブルースは答えてやる義理もなく、じろりと影を睨む。

「今まで何をしていた」
「超高速で突っ込んでくる中性子星のおかげで蒸発しそうな惑星の、下らねェ評議会に出向してたことの他に?」

チーズの脂とピザソースまみれの指を舐め、顔を顰める気配。

「なあ、俺が地球を出て何日?」
「223日」
「即答。 ひょっとして俺が帰るの数えて待ってた?」
「お前が廃車にしたスクーデリア・スパイダーの請求をしようと……」
「ゲッ、待て、ムリ、ゼロいくつ?! 無理!」
「と、思っていたが、あの事故の責任はお前一人にあるわけでないとバリーが証言している」
「だろォ? ありがとう親友!」

ブルースは、彼からは陰になるその表情に目を凝らす。
その言葉に、声に、耳を傾ける。
223日前と比較して、僅かな変調も逃すことのないように。

「バリーのところへは行ったか」
「いや、まだ。 戻ってきたらこんな時間だし、明日にする。 もう今日か」
「お前が通常よりも長期間地球を空けるから、心配していた」
「連絡するヒマなかったからなァ」

空にしたピザの箱をサイドテーブルへ置く影に、ブルースはほとんど減っていないビールを渡す。
相変わらず飲まねェな、とハルは一息にそれを飲み干し、げふっとしてから、

「そンで?」
「それで、とは」
「おまえは俺のコト、心配した?」
「……いや」
「うん? 間が空いた」

気配が近づき、彼を笑う。
ブルースは一心にその顔を覗き込もうとするが、
終わりの迫る夢のように、判然としない。
唇にふれ、離れていく感触。

「……もう寝ろ」

背中を向けたハルは灯りに腕を伸ばす。
その指に琥珀色が溶けるのを、ブルースは見た。

「消すな」
「なに? 点いてなきゃ眠れない?」
「いいから、そのままにしろ」

けれど、彼の言葉をハルが大人しく聞き入れたことなどなく、
闇は一瞬にして訪れ、ひひっと笑う声。

「ダークナイトのくせに電気点いてないと眠れないとか何ソレー。
 かっわいーぃ、抱っこしてやろう」

何故、灯りを消すなと言ったのか。
盲の闇の中、ブルースはもう分からない。
ハルの腕、ハルの身体、ハルのにおい。
目など見えない方が、肌が素直に感じ取り、
造作なく捉えたハルの手の、その親指を逆向きに捩る。

「痛痛痛痛ッ 冗談! 冗談ですーッ」

大の男が二人横になったとしてまだ余裕のあるベッドだ。、
わざわざくっついて寝なければならない道理が、ブルースには分からない。
手を解放してやれば、ハルは ****,*******,*******! と何か小声で悪態をつきながら、
適度な距離に落ち着き、シーツの中に入る。
ブルースも枕に頭を沈めた。
**** ***** ******' ****!
まだぶつぶつと言っている声は、どうやら彼に背を向けているようで、
ブルースはシーツの下で足を伸ばすと、ハルのかかとに、そっと爪先で触れた。
途端、相手はくるりと寝返りを打ち、彼の足を自分の足で抱える。
鳶色の瞳に笑みを湛えたハルが、見えぬ目に映る。

「……くじら座タウ星と交信しようとしたとして、電磁波では約12年。
 銀河系の直径が約100000光年。 近傍のアンドロメダ銀河までは約2500000光年……」
「うん」
「リングを持つお前には、そんな距離など無に等しいが、私には遠すぎる」
「ん」
「生きているか死んでいるか分からない男を、待ち続けることは出来ない」
「そりゃそうだ」
「……だから、」
「うん?」
「お前が自分で、ここに帰らなければ……ならない」

両の目蓋が重かった。
しかし、目が明いたとしても、何も見えない闇の中。
彼は眠りに落ちようとしているのか、それとも、既に夢の波間であったのか。
誰かの手が、頬に穏やかに重ねられる。
或いはそれは、いつかの記憶であるのかもしれない。
彼にはもう分からない。
ただそのぬくもりを、自分の手の中に。

「何があっても」

















137日前、バリー・アレンからの電話は何を言っているのか聞き取ることが出来なかった。
彼がそう告げると、次の瞬間、通話状態のままのセルフォンを持った男が目の前に現れ、
減速で足の縺れたバリーがつまずいたのを、彼は抱きとめた。
1秒間で地球を七周半走る男と接触した衝撃に、どこかの骨にヒビの入るのを感じたが、
彼はただ、茫然としていた。

バリーは泣いていた。
その口から言葉など出てこなかったが、ブルースが察するに充分だった。

グリーンランタンの“リング”は、その主が替わる時、新しい候補者を探しに旅立ちながら、
オアに通知すると同時に、元の主の意志に従い、その死を任意の相手に通達する。
ハルは家族がいなかった。
バリーのそれは、兄弟の慟哭だった。


ブルースは床に崩れた友人を抱きながら、何を感じるということもなく。
ただ、遠く。
真空の、何億年。
魂の帰還速度は、如何なる法則により求められるのか。
そんなことを、考えていた。


















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他の話とつながってないという盆。
帰ってきたと思ってもよし、ただの夢でもよし。
つか、お春さんなんて死んだとしてもぎりぎりセーフとかで後で復活しそう、今までを考えると。
鳥の名前が使いたいので鳶色にするけれど、イメージは黄味の強い茶かヘイゼル。
この二人が同衾してるだけの話をもう何十回も作ってる気がする。
好きだからまたやる。
ところで、バリーさんは1秒七周半を走れたとしても、走らないよ勿論。 危ないからね。




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