・2014年のいつかに雑記でやっていた、小話の形にすらなってないエルス。
・江戸川乱歩の『虫』の柾木愛造の位置にパワーリング(ハル)を置くと頭を抱える、という妄想が全ての始まり。
・小さな町に住んでる二人のハル12歳と、都会からやってきた坊ちゃんのお話だよ。




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森のある町がいい。
赤ずきんちゃんが森に行けば熊さんに会えるぐらいの町。
電話がまだそれほど普及してなくて、役場とかお金持ちの家にはあるっていう時代。
そういう町に、同じ名前で同じ顔の男の子が二人いる。
双子じゃないの。
父親が兄弟、だからただの親戚。
でも、顔はそっくりで誕生日も二日違い。 なんでか偶然同じ名前で、ミドルネームまで同じ。
元々別の町に住んでたんだけど、同じ町に引っ越して来た。
ので、その町にはハルが二人いる。
でも、同じ顔で同じ名前なんだけど、片方はきかん気の強い健康優良不良少年で、片方は痩せぎすのいつもめそめそしてる泣き虫。
普通、人がハルと言うと前者の方を指していて、後者の方は話題にされない。
同じ名前な分ややこしく、後者はハルじゃない方のハロルドとか、まあ、そういう適当な言われ方をその都度。
片方だけがすごく良く出来る兄弟を周りがどう評価するか、ってのに似ている。
そういう、同じ顔なのに全く違う二人なんだけど、年も同じで兄弟みたいに育って、泣き虫の方のハルが誰かにいじめられるともう片方が仕返しするとか、
それなりに上手くやってきた二人なんだ。
でも、ある夏に。
こういうのはやっぱり夏だと思うのよ。
町には、大きなお屋敷が一つあって、前の持ち主が手放してから暫く経っていたんだけど、
空き家だったそこが綺麗に手入れされたと思ったら、新しい持ち主が引っ越してくる。
都会のえらいお医者様で、なんでも大変な資産家という話。
喘息持ちの一人息子を空気の良い土地で療養させたいのね。
父親の方は仕事が忙しく、まだ12歳の息子だけがお屋敷で暮らすことになる。 いや、召使はいるじゃろう。
町の人達は、お金持ちから大切な預かり物をしちゃったと思って、あれやこれやと世話を焼いてみたり、
町の子供達には、あの子は身体が弱いんだから、何かあったら困るから一緒に遊んじゃダメ! と言い聞かせる。
(実際は、その子が回し蹴りで松の木をへし折るとかそういうアレだとしても、町の人は知らないから。)
で、ダメだと言われるとやりたくなっちゃう系男子のハル12歳は、やっぱり止めようよと半泣きのハル12歳を連れて、
ちょっとそいつの顔を見てやろうとお屋敷に行ってみるがいいよ。
もちろん玄関からじゃなく、大人に見つからないように庭から中を覗くのね。
そしたらそこで、色の白い、黒髪碧眼の、お人形のような男の子と出会うがいい。



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平和で、平凡で、事件らしい事件もない町。
産業はなんだろ。
とりあえず森とか湖はあるよ。
郊外なら熊もコンニチワ。
そんな土地に、都会からお金持ちが引っ越してきた、しかも子供だぜってことで、ハルは二人して顔を拝みに行くよ。
まあ片方が片方を引き摺って行くわけだけれど。
んで、お庭から入って、窓からお家の中をぴょこっと覗いてみると、いるね。
一つ二つ年下に見える、小柄な男の子が。
青いお目目のお人形みたいな子。
家の中を覗いてる小僧に気づくと、それなりに友好的な挨拶を双方かわすけれど、ここには来ちゃダメって大人に言われてるんじゃないの?ってちくっと刺すよ。
態度がずいぶん大人びた子なの。
チビのくせに生意気、そっちこそ頭の中身は三歳児か、という応酬。
でも、メイドに見つかって逃げ出そうとするハルを止めたのは、その坊ちゃん。
テラスの席を用意させて茶をふるまうよ。
話をするのはハルと坊ちゃんで、もう一人のハルは椅子でガチガチに固まって、早く帰りたい……の半泣き。
大人に見つかったら絶対に怒られるから。
なのに、ハルと坊ちゃんはなんか楽しげに話してるし、席を立って一人で帰るなんて無理無理。
涙目でちらっと様子を窺うと、坊ちゃんが綺麗な目でこっち見てる。
ので、死ぬほどびびる。 即また顔伏せる。
昔々の乙女級に羞恥心の塊。
なおかつ他人と目を合わせるのがホント苦痛。
なんだけど、気付くの。
誰からもいない子扱いの自分を、坊ちゃんは最初から目を合わせて話そうとしてたし、お茶の支度はちゃんと三人分。
いる子の扱いをされてる。
その事実に、心臓止まりそうな衝撃を受けるが良い。


その日から、坊ちゃんとハルは仲良くなる。
町の大人達にとって坊ちゃんは特別な子。 坊ちゃんに何かあったら自分達が非難されちゃう。
坊ちゃんも屋敷に来るハルに、親を怒らせたくてまた来たな、とか表面上シニカル。
ハルは逆に、ダメって言われるほど逆を張っちゃうし、坊ちゃんにこの町で他に友達いないの知ってるから、足繁く通うといいよ、こっそりと。

坊ちゃんは不思議なお子さんで。
うっかり昼間に町を歩こうものなら、大人達が慌てて飛んできて屋敷に帰そうとするぐらい、いかにも病弱な子に見える。
細っこくて、色が白くて、ああこの子は肺病だ、すぐに倒れちゃうぞ、と思わせるような。
そんな外見に反して、意外にアウトドア派。
というか、町に行くと大人の目がうるさいので、森の方で遊ぶね。
すると、全く以て身体のか弱い子ではない。
悪路もひょいひょい越えてくし、夏だから湖で泳ぐのも平気。むしろ好き。
ハルに小突かれるとそのケツ蹴り返す系男子なの。
どう考えても、健康。
物の見方とか物言いがすごく冷めてて、(ダミアンの攻撃性をマイルドにした感じ。)
病気療養は嘘で、ほんとは別の理由でこの町に来てるんじゃないの。
と、もう一人のめそめそするハルは勘ぐってみたりする。
でも、そんなの、絶対聞けない。
ハルは二人いるけれど、坊ちゃんと遊ぶのはいつも片方。
ハルの言う適当なことに適当に返しながら、坊ちゃんがくすって笑うのも、やっぱり片方のハル。
もう片方は影みたいなものだから、それを眺めてるだけなの。
あの子すんごい手術痕あるとか、絵が上手くてビックリ、とかそういう話はハルから聞くだけ。
自分は、どうしても、その子と直接、会えない。

恋とかそんなんでなく、あの子と友達になれたらいいのに、っていう同性の混沌としたアレ。
友達いないの。
徹底的にいない。
世界中で自分だけ一人ぼっちで、あとの全人類が総リア充に見えるという恐ろしさ。
と、いうわけで。
こちらの身を守りつつあの子と仲良くなるにはどうしたらいいの? とうじうじ考え出す。
前提から間違ってるとか言わない。
基本的に人間嫌いなんだ。 保身重要!
で、まあ、思いつくわけよ、その方法を。




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夏休み。
スタンドバイミーで死体探しに行くのもたしか夏休み。
子供で事件は夏休み。
平和な町で事件が突然起こるんじゃない。
大抵のことは起こるべくして起こるんだ。
クリスタルレイクはママの愛。

で。

子供が二人、森で内緒話。
坊ちゃんのお屋敷はメイド達がいるからね。 ハルが遊びに来るといい顔しない。
内緒の話ってのは、ハルはお父さんと同じ飛行機乗りになりたいの。
でもお母さんは反対。 息子まで空で死ぬことになったら、と思うとね。
それでもやっぱりハルは飛行機乗りになりたいの。
で、坊ちゃんに相談。 町を出たいって。
坊ちゃんは、あんまりハルが真面目な顔するから、お母さんを説得出来たらという条件で、次にパパが来たら話してみると約束する。
パパは忙しいのでなかなか息子に会いに来れないけれど、息子に超絶甘いから、その友達にしかるべき道を開いてやるぐらい、簡単なのだ。
ハルは大喜び。
坊ちゃんは、お母さんを説得出来たらって言ってんだろ、と思いつつ、あんまり嬉しそうなので、つられてにっこり。
そういう二人の楽しげな内緒話の様子を、もう一人のハルは今日も息を殺してこっそり覗いておりました。
ハルはハルの影みたいなもんなのよ。
だから、ハルが気付かなくてもそこにいるし、二人がどこで何してるかも知ってる。 怖っ。
んで、“ハル”は、ああもう時間がないと思ってしまう。
もしもハルが町を出ることになれば、きっと坊ちゃんも一緒に行ってしまうから。


その晩、ハルはお母さんと話して、お母さんは息子の熱意に根負けしてきたとこもあり、
(やっぱり子供が可愛いの。可愛いから心配してるの)
坊ちゃんのパパが町に来たら話し合おうという合意点に着地。一歩前進。
同じ晩の夜も更けて、もう一人のハルは、いつかハルが忘れていったナイフをポケットに入れ、家からこっそり抜け出した。
ナイフなんてどうするのか、特に考えていたわけでなく、ただ、何かに使うかも、と思った。
夜道、月は薄曇り。
誰にも見られないように坊ちゃんのお屋敷に行く。
坊ちゃんは、他の子のように学校に行かなくて、宵っ張りの朝寝坊。
難しい本を読んで夜更けまで起きてるなんてしょっちゅう。
その明かりの漏れる二階の部屋の窓に、ハルの真似して小石を投げた。
こつんと当たって、窓を開けた坊ちゃんが、ハルの姿を見てにっこり。
窓から身体を出すと外見に似合わない身軽さで降りてくる。
ロープぐらい常備の夜遊び常習犯。
湖に行こう。
ハルと同じ顔で、ハルと同じ声で言ったら、もちろん坊ちゃんは頷いた。
暗い夜の湖でボートに乗る、は子供達の肝試し。
坊ちゃんは何にも疑わず、ボートの舳先に立って、水辺に群れ飛ぶ蛍なんか眺めてる。
夜更けにその乗り方は実際危ないけれど、坊ちゃんは坊ちゃんな外見に反してアクティブでアグレッシブ。
平気な風で夜空を仰ぎ、雲間に星。
パイロットになったら、こんな夜でも飛行できるんだろうね。
とか、星の世界でも覗き込んでるような声で。
“ハル”は、小舟を湖の真ん中に進めながら、坊ちゃんの話に頷いて、
やがて、月の雲が晴れ、天空に浮かぶ明るい真円。
その光に透きとおるような坊ちゃんが。
振り返り、ハルを見た瞳は、まあるく驚いて、
その薄い、つるぺたの胸に、ハルは真っ直ぐにナイフを突き立てた。
坊ちゃんは血も滲ませないまま、水鳥の羽ばたきのように静かに湖に落ち、暗い水中に吸い込まれ、見えなくなった。

ハルはゆっくり百まで数え、何も浮かんでこないのを見ると、
鏡のような水面に波ひいて、口笛ふいて陸に戻った。




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翌日、小さな町はたいへんな騒ぎ。
大事な預かり物である坊ちゃんが、お屋敷から忽然と消えた。
みんな駆け回って探すけれど、行方不明。
誘拐? でも窓から垂れ下がるロープが家の内側で結んであるって、どゆこと?
んで、大人達が問い詰めたのはハル。 だって坊ちゃんと遊ぶ子なんてハルしかいなかったからね。
でも、もちろんハルはなんにも知らない。
昨日の夜なんて家でくーくー寝てた。
けど、坊ちゃんは一人でも屋敷を抜け出せるし、森に良く出かけるのをハルは知っていたから、大人達はもう大あわて。
昼ならまだしも夜なんて大人でも事情がなきゃ森なんて歩かない。
みんな急いで森を探した。 一生懸命探した。
けれど、見つからない。
湖。
ハルが顔を真っ青にしてそれを口にするのを、もう一人のハルは、バカだなあと思って眺めてる。
もしも湖を捜索して坊ちゃんの死体が見つかれば、その胸に刺さってるナイフはハルのなのにね。
しかし、幸いに? 坊ちゃんは発見されなかった。
大人達は湖にも潜ったけれど、広い湖なんだ。
水は綺麗だけど、ある所まで行くと急に深くなって、藻が生い茂ってる。
死体が沈んでても分からないし、浮かんでこない。
前にも子供が死んだことがあるから、子供だけで湖で遊んじゃダメって、大人は言ってたのに。

次の日も次の日も、坊ちゃんの捜索は続いた。 でも、結局見つからなかった。
だから、あの子は夜に一人で湖に行って、溺れてしまった。 という話に落着した。
(それなら犯人不在、町の人間の責任じゃないしね。)
(何故夜に一人で湖に? は疑問にされなかった。)
(そんなメランコリーもあるんでない? 坊ちゃんは不思議なお子さんだった。)

何も知らない方のハルは当然、大人達から酷く責められた。
ハルも、全部自分のせいだとすっかり信じこんで、部屋に閉じこもって出てこなくなった。
全部ではないけれど、半分くらいはハルも悪いよね。
と、もう一人のハルは、やっぱり部屋に閉じこもって、ぼんやり考えてみたりする。
だって、ハルが坊ちゃんと仲良しにならなければ、坊ちゃんが湖に行くことなんてなかったし、
何より、ハルがいなければ、ハルが坊ちゃんと出会うことはなかった。
坊ちゃんを捕まえたいと思うこともなかった。

大人達は暗い顔で坊ちゃんのパパの到着を出迎えた。
パパは品の良い紳士で、町の人達を責めたりせず、坊ちゃんを探してくれたことを丁重に感謝した。
そんな大人達を横目に、弔いはどうするのかな? なんて殺人犯のハルはのんきに考える。
大それたことをした、という気持ちもあるが、大したことをしてやった、という心持ちもある。
そして、その事実を知っているのは、世界で自分一人だけ、というのは、雲の上でも歩いている気分。

坊ちゃんのパパは、一人で遠くの街に帰っていった。
屋敷は引き払われ、誰もいなくなった。




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町は、いつもどおりに戻った。
消えてしまった子供のことを、誰も口にしない。 したがらない。
そうして、殺人犯はようやく湖に足を向けた。
あの晩以来、近付くことを慎重に避けていた。
森に囲まれた湖は、夏の日差しの中できらきら輝いていた。
辺りを見回し、誰もいないのを確認すると、ハルは岸辺に座った。
同じ岸辺で、虫や小さな動物をスケッチしていた坊ちゃんは、今はもう、水の底。
目を閉じれば胸の奥、青い青い秘めやかな世界。
ハル以外、誰も知らない水底で、坊ちゃんの青白い手や脚が、優しい水草に抱かれて、ゆらゆらと。
その幻想は、まるで胸の中に美しい蝶を閉じ込めているようで、
夢見心地のハルの頭を、誰かが後からごつんとやった。
ハルはそのまま昏倒した。



目を覚ました時、ハルは自分がどこにいるのか分からなかった。
暗い。
地下室のように四方に闇があり、燭台の小さな炎が傍らでちらちらしている。
身体を起こそうとして、動けない。
感覚がない。
眼ばかりぐるぐる動かしていると、視界をひょいと覗きこんだ、上品な風采の紳士。
坊ちゃんのパパは、にっこり笑った。
やあ、ハル。 うちの子と仲良くしてくれてありがとう。
なんて言うもんだから、ハルはぞーっとして、自分じゃないって言おうとするけど喋れない。
ただの麻酔だ。 心配いらない。 用事が済んだら家まで送ろう。
ところで、ブルースは今、怪我をしていてね、君に是非協力してほしいことがあるんだ。
坊ちゃんのパパは、やっぱりにこにこ。
その顔に蝋燭の影が踊り、まるで悪魔が嗤っているようで、パパが取り出した、ピカリと光る手術メス。
ハルは、心臓が胸骨を割って飛び出すかと思った。

大したことじゃない。 あの子のために、健康な肺が欲しいんだ。
水に浸かってダメにしてしまってね。 ああ、それと心臓と、脾臓と……

その言葉を聞き終わらないうちにハルは失神した。
目蓋の裏側で、少年の白い幻を見たような気がした。
あの子すんごい手術痕がある。
ハルはそんなことを言っていた。





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魘されながらハルが目を覚ました時、そこは自分の部屋だった。
暗がりの中、心臓の音が異様に膨れ上がって響く。
ハルは、起き上がるのが恐ろしかった。
けれど、確かめずにいることには、どうしても耐えられなかった。
重い身体を起こし、窓辺に差す月明かりに立つ。
シャツを脱ぐと、胸にあの子とそっくり同じ、切開手術の大きな大きな赤い痕。






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「おいで、ブルース。 見てごらん。 ワニが日向ぼっこしているよ」

ミシシッピの遊覧船は、ひねもすのたりのたりかな。
船室から流れてくるバンジョーもどこか気怠く。
パラソルの下、テーブルにはアイスティー。
けれど、子供はむすっとして、新聞の記事を指先で叩く。
小さな記事は、とある小さな町で、一週間行方不明だった少年が森で見つかったというもの。
少年は、発見された時にはすっかり錯乱し、未だ回復せず、癲狂院に送られることが決まった。
事故で亡くなった友人に責任を感じ、精神が不安定になっていたとか。

「放っておけと僕は言ったはずだが」

藍色の瞳は、子供らしからぬ冷たさ。
川辺の景色を楽しんでいた紳士は肩をすくめる。

「少し脅かすぐらい、いいじゃないか。 皮下組織までを切開しただけで中も覗いてないし、
 職業病のおかげで不必要なほど綺麗に縫合もしてやった。
 たったそれだけで発狂するなんて、お前の友達はいったいどういう子なんだい」
「“ハル”は特別気が弱いんだ」

紳士は子供の言葉に溜め息をつく。

「その気の弱い少年が、お前の肺に穴を空けたのは理解しているな?」
「うん、なかなか刺激的な体験だった」

そう答える子供の、愛らしい笑顔。
偶々傍らを通りかかった老婦人が思わずにこりとして歩き去る。

「ハルの観察はとても面白かった。
 二人のハルは、自分達が同時平行的に存在するのを知っていた。
 お互いの姿すら視覚として捉えていた節がある。
 しかし実際には、ハロルド・ジョーダンという名の少年は、あの町に一人しかいない。
 つまり、二人のハルは、自分達が同じ一人の人間であることに全く気付いてなかった。
 そして、二人のうち片方の人格が他者との接触を徹底的に避けてきた結果、
 町の住人達も、彼等の前に姿を現す側のハルのことしか知らず、もう一人のハルの存在に気付かなかった。
 けれど、ハルは常に二人いた」

子供の瞳に光はきらきら。
まるで、いつか庭で珍しい昆虫を捕まえた時のようで、紳士はつられて微笑みそうになるのを堪えねばならない。

「父親の死が関係しているのは確かだろう。
 だから、片方のハルが父親と同じ飛行機乗りになりたいと言い出した時、僕は手伝ってやると答えた。
 もう片方がどう反応をするのか見たかったからね。
 そうしたら、刺された。 あれは意表をつかれた。
 最初の一度以来、僕の前に現れようとしなかったのに、ああいう発露の仕方をするとは思わなかった。
 とても、興味深い」

紳士は強いて眉を顰め、子供に厳しい声で言う。

「ブルース、無用の難を避けるつもりでゴッサムから遠ざけていたのに、
 何故お前はあんな田舎町でも事件に巻き込まれてしまうんだい」
「おかげで退屈しなかった」
「私は心配しているんだ」

子供は不思議そうに紳士を眺め、

「どうして。 あの程度で僕が死なないことは、トーマスが一番良く知っているのに?
 痕だってもう残ってないよ」
「それでも、付き合う友達はもっと考えなさい」

子供はぷいっと他所を向き、涼しい顔で新聞を読む。
わがままで、だからこそ愛くるしい、子供のまま永遠に時間の止まった王子様。
紳士は溜息をまた一つ。
結局、兄は弟に甘い。

「そうだ、ゴッサムに戻ったらアーカムに言ってハルを転院させよう」
「ブルース、やめなさい」








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坊ちゃんは病気で色白なんじゃなくて、タロンなんだよというオチでした。
そして、紳士はパパでなく兄だ。

坊ちゃんは生まれた時から心臓も肺も弱く、この子は長く生きられないと両親も諦めた。
諦めきれなかったのが兄で、父母ぶっ殺してウェイン家を梟法廷に売り、弟をタロン(もとい生ける屍)に。
手術痕云々のとこはその過程で、臓器を取り換えたからとか何とか。
その後、兄は梟法廷内で実力をつけ血で血を洗う権力闘争に参加。
全権掌握したのが父母を殺してから二十年後ぐらい。(本業は医者。)
その間、ゴッサムで粛清の嵐が吹き荒れる度、兄は弟を遠い田舎に児童疎開。
(ぶっちゃけタロン化してるので、撃たれたり切られたりぐらいどってことないんだけど、兄が心配。)
しかし、坊ちゃんは少年探偵。
行く先々で死体と事件にぶち当たるのである。



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今読むと、二人のハルが一人である必要あんま無くね? と思う2015年。
この十数年後にアーカムアサイラムで突然正気を取り戻しテストパイロットになるハル25歳と、
部屋のキャビネットに閉じ籠って絶対に出てこない、ハルにだけ見えるハル12歳が、
ハロウィンの夜にもう一度、坊ちゃん永遠の12歳と出会う話を作りたいなあ、と思って作ってない。


兄はね、おじいちゃんになってベッドで眠ってる兄の傍に、子供のままの弟がにゃんこみたいに丸くなってるとか、そんなのがいいです。





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