たいとる : 『蝶とブラコン』
ながさ :短い
どんなお話 :new52のオウルマンがこんなブラコンだったらどうする? という妄想。
ちゅうい :JUSTICE LEAGUE #23.4 #25のネタバレを含んでますよ。

・オウルマンて誰よ、という方は、アース3のキャラクターで、バットマンと対になる存在とでも思ってくだされば。
・JL#25読んだよ、という方は、ディックを期待すると肩すかしになります。 中心はウェイン兄弟です。




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彼の最初の殺人は、自分の弟だった。



彼、トーマス・ウェイン,Jr.は、物心がつく頃には既に、両親を軽蔑していた。
否、彼を取り巻く全ての世界を嫌悪していた。
強者が弱者を徹底的に踏み躙り、その末に虚無へと突き進むだけの世界である。
彼はただ、生きていた。
暗いへどろの底で、息もせずに。

けれども、弟が地上に生を受けた時、
生まれたばかりの赤子が、その眼に彼の姿を映した時、
獣が獣を喰らうだけの空虚な世界に、初めて意味が生じた。
ちいさな、とてもちいさな手が、彼の指を握った時、
彼は初めて、愛という感情を知った。

弟は、奇跡だった。
その瞳の、澄んだ藍色こそ、地上で最も尊い光だった。

彼は弟を愛した。
ちいさな手と、ちいさな足、そして、ちいさな指。
ふっくりとやわらかな頬は、食べてしまいたいほどいとおしく、安らかに眠る様は彼を幸福にした。
顔を真っ赤にして泣き叫ぶその声にすら、彼はなにか崇高な思いに胸打たれた。

母は、赤子の世話などしない。
乳母は怠けることしか考えていない。
このひ弱な弟は、彼なしには一日たりとも生き延びることは出来ないだろう。
弟を庇護するのは、彼だけの役割なのだ。

幼子が、初めて彼に笑いかけたその喜び。
可愛らしい唇が、初めて言葉を発したその喜び。
彼は、弟を愛していた。
それは彼を満たす、甘やかな義務だった。



今は全て、灰となり。
亡霊ほどの影もなく。
酩酊の果ての、忘我の一瞬。
ただその束の間に、弟は兄に笑いかける。
三歳の誕生日。
お気に入りのP-51マスタングと消防車を両手に。
弟は、天使だった。



その破綻は。
思うに、彼は弟を愛し過ぎたのだ。
与えうるあらゆる自由を、弟に許した。
だから、弟は彼を裏切ったのだろう。
弟の九つの誕生日、彼は弟を殺した。


彼が無上の愛で慈しみ、無情の外界から守り育てた弟は、優しく、繊細だった。
真綿に包まれた己を知らない、傲慢な臆病者で、何かを傷付けることも怖がった。
彼は、弟に明かすべきでなかった。
弟と彼の未来のためには、両親は排除されるしかないということを。
そんな単純な真実も理解しないほど、弟は、愚かなのだから。


あの日の、暗い路地裏。
彼の足元で、赤い血を垂れ流しながら
呆然と彼の名前を呼ぶ弟の、心臓を撃ち抜いて彼が殺した。



以来、拳銃を持てない彼は。
心臓のあるべき場所に、黒い奈落があいている。
弟のちいさな棺を沈めた、暗く寂しい大地の穴だ。
彼は、世界を憎悪する。
不条理の果てしなく連鎖する世界をひたすら憎む。
そして、それを理解することなく、地上から永久に失われた弟を。
彼は秩序を切望する。
彼の平穏を渇望する。
それでも、奈落は埋まらない。
彼は、“家族”を取り戻したかった。



リチャード・グレイソンは、ほぼ理想的な“弟”だった。
だから彼は、その両親を殺した。
親は子供を搾取する存在なのだ。
彼の望みどおり、一人残されたディックは彼を信じ、彼の忠実なタロンとなった。
しかし、ディックも死んだ。
弟に自由意思を許してはならないと、彼は知っていたはずなのに。
その日、ゴッサムは灰になった。
彼が何より嫌悪した街も、そこに葬られた彼の哀惜も、
赤く染まった空の下、塵になった。




だが、どうせ崩れ落ちるだけの世界だったのなら、全て無になれば良いのだ。
ここに、新しい宇宙がある。
彼の新しい世界がある。
ゴッサムは地上に存在し、ディック・グレイソンは生きている。
驚くべきことに、彼の弟も。



三十年前、彼が殺した弟の。
その魂は、彼の手からいつのまにか逃げ出して、
別の宇宙の、同じ女の胎から、生まれなおした。
九つの誕生日、同じ路地裏で再び父母の血にまみれ、けれども弟はまだ、生きている。
己の命を代償にし、汚泥のような暗夜の底、救済の光を見出そうとしている。
その有様が、愚かしいほどいとけなく、
兄を悲しくさせる。



弟は、彼が虫籠の中で羽化させた、蝶だ。
焼けつく日差しも、咆え哮る嵐も知らず、
生まれ落ちたその日から、ただ彼の愛だけを蜜に育った、脆弱な翅の、虫けらだ。
兄の手を離れ、どこへ羽ばたけるというのだろう。
彼が決して許すはずがないのに。


その罪が、あまりにも愚かしく、いとおしく。
彼はまた弟を殺さねばならないだろう。


















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兄というより、母!
えーと、ここの管理人、JL#25を読んだ感想が、この人まじでキモい、でした。
キモいついでに突き抜けてブラコンになってみた。 反省はそれなりにしているが、だってFOREVER EVIL#7がまだ出やがらねえ四月。
作中は三十年前とは書かれてたけど、それが九つの誕生日かは知りませんよ。
年齢については常にてきとーにしてますこのサイト。 あと、拳銃が持てないっていうのも、だといいねという妄想です。




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