ちゅうい :良い子の18歳未満は読んじゃダメだ


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冷たく暗い床に、ハルは座り込んでいた。
他に腰を下ろす場所がない。
肩で息するうちに、鼓動が静まっていく。
ぼやけた頭が動き出す。
そして、思い出す。
やることをやり終えた途端、離れろ、と言い捨てた人でなしを。

顔を上げると、ホログラムの青白い薄明り。
ブルースは、座っている。
椅子に深く身を沈め、まるで眠っているように。
いや、目は明いている。
天を見据え微動だにしない姿は、彫像のようだ。
カウルは外しているが、ハルがケイブに現れた時と同様、ダークナイトは冷厳としている。
けれど、その腰骨のあたりから下は、腿まで露わ。
夜闇に沈む黒衣に、仄白く浮かぶ肌。
そして、先刻自身の腹の上で吐精した性器が、そこにあるというのが、
奇妙で、卑猥で、煽情的だった。

「その格好でチ××見えてるとウケる」

ハルは口の端で笑っていた。
無論、彼の脚の間のそれも、外気にさらされ楽々しているが、言わずにはいられない。
すると、ブルースが動いた。
左腕から漆黒のグローブを外し、そんざいに床に落とす。
次は右腕。 刃状の部分が当たったのか、硬い音が響く。
そして、椅子から立ち上がり、暗夜のようなケープを外す。

ハルは口をあんぐりさせた。
目の前で何が起きているのか分からなかった。
しかし、見る間にもブルースは身に着けている物を脱いでいく。
寸鉄どころか下着もない完全な裸身になるまで、さほど時間はかからなかった。

別段、同性の肉体を見ても、ハルは何とも思わない。
18で入隊すれば男の裸など見飽きるし、丸いやわらかい女性の胸部のふくらみの方が余程心高まる。
が、それらとはまるで次元の違うものが、彼の前に立っている。

右と左に美人のモデルを連れ、颯爽とカメラの前を進むブルース・ウェインは、映画俳優のようだが、
あのねーちゃん達の何割が本当にコレを見るんだろう。
ただ体格の良い人間ならいくらでもいる。
けれども、こんなにも徹底的に、一分の隙も許さず鍛錬した四肢は、見たことがない。
鋼のように研ぎ澄まされた、しかし同時に、鞭のようにしなる柔軟さも併せ持つ肉体。
ブルースは、無表情にハルを眺めている。
そして、やはり実に無造作に歩いてくる。
その様は、ただ自然と、
息を飲むほど、美しい。

どちらかというと、ハルは機能美を称賛する傾向にある。
もっとも、彼があらゆる航空機に注ぐ無限の、無償の愛と比較すれば、
今のそれは、股間のリビドーと直結している。

手を伸ばせば、触れることの出来る距離で、ブルースは止まった。
ハルを見下ろす瞳に、表情らしい表情はない。
脚を投げ出して座っているハルは、その瞳を見返しながら、自分の喉がごくりと鳴るのを聞いた。
ブルースは小首を傾げ、片足を軽く上げる。
そして、ハルの股間を柔らかく踏んだ。

「おまっ、バカ!」

無防備なそれを、やわく、加減して踏みつけ、なぞる。
それらがいちいち的確な刺激になる。

「足はやめろッ どこでそんなもん覚えてく、」

裏筋を、形の良い爪先に撫でられる。
ハルは息を詰めて黙り込んだ。
浮かせかけた腕を、また戻し、自分の後ろについて身体を支える。
猫にいたぶられる獲物のような、そんな自身の有様から目を引きはがすと、
向こうに見える何かの反射光に集中し、頭の中で暗誦する、第二次世界大戦期の戦闘機の数々。
何の勝負だろうが、意地だけは張りたい。
しかし、

「あァクソッ 勃つ」

発情期を持たない動物である人間の性器は、相応の刺激を受ければ、反応してしまうものだ。
たとえそれが口だろうが足の指だろうが、チ××の機嫌は意志の力でどうにもならない。
とりあえず、人生のどこらへんでそんな技術を習得したのか、後で真剣に聞いてみたい。

その足が、彼を物欲しげに勃起させ、なぶってあそび、そして離れていった時、
ハルの口から溜め息が漏れた。
安堵と落胆のどちらなのか、彼は考えない。
奥歯を噛み締めて顔を上げると、彼を苛む “捕食者” が、艶やかに微笑した。

バットマンは笑わない。
夜闇の騎士は愉しまない。
まるで責務であるかのように、常に厳然としている。

けれども、その瞳が瑠璃玉のように輝き、艶然と唇が弧を描いた時、
奇妙なことだが、ハルは一瞬、喰われると思った。



捕食と被食は、同一空間に生存する二者が遭遇した場合に発生し得る、普遍的な行為の一つである。
しかし、ハルはこれまで、直接的あるいは比喩的な意味において、“餌”の側になった経験はない。
(なっていれば彼のリングは今頃次を見つけていただろう。)
では何故、脈絡もなく、その感情を理解したのか。
玻璃のように澄みきった、その恐怖を。



ハルは、自分の唇の端が、吊り上っていくのを感じた。

たとえば今、鋭利なナイフを。
下っ腹に突っ込まれて喉まで掻っ捌かれ、掴み出された臓腑が手の中でひくついているのを見たとして。
彼は笑うだろう。
ブルースが嬉しげに微笑しているのなら、なおさら。






ハルの両脚の間に、ブルースは音もなく膝をつく。
両手をハルの頬に這わせ、輪郭をなぞり、顔を近づけてじっくりと観察する。
次はどうしてやろうか、思案しているように。
ハルはその腕を掴み、自分の方に引き寄せた。
当然のように唇が重なった。
ハルの舌を絡め取り、ブルースが彼の中を丹念に探る。
鼻にかかるような声が漏れたが、ハルは別に気にしなかった。
ブルースの腰に腕を回し、もう片手で、引き締まった腿の内側をゆっくり撫で上げる。
さわってほしい部分をわざと外して指を遊ばせると、ブルースが小さく喘いだ。
その唇をハルは逃がさなかった。


したいことが、多すぎて。
喉がからからだった。
全部だ。
全部欲しくて、全部をあげたい。



けれど、ハルの人生が滅茶苦茶になることなど、今に始まったことでない。


最初に気づいたのはブルースだったのだろう。
その視線に気づいたハルが自分の右手を見ると、リングが淡く光を帯びていた。
無意識にハルの頭の中でスイッチが入る。

 “状況が変わった。 今すぐ戻れ”

キロウォグからの一方向のメッセージが、銀河の向こう側で何が起きているのか語る前に。
ハルの肺から搾り出された空気が、F***! と罵るよりも早く。
その手からブルースはするりと離れる。

「ちょ、待て」

ハルの「待て」をブルースが聞いた例はなく、逆もまた然り。
辺りに落ちている自分のものを適当に拾い上げると、そのままどこかへ行こうとする。

「ブルース」

肩越しの一瞥は、冷淡だった。
僅か十秒前まで自分が何をしていたかなど、まるで忘れたように。
そして、闇の中に消えた。
後に残されたのは、床に座ったままのハル。
何故だかグローブとブーツも主の椅子の傍に転がっている。

「ちゃんと全部拾えよ……」

ハルは、ブルースのいなくなった暗闇に顔を向けると、
冷血蝙蝠にも聞こえるように大声で怒鳴った。


「次に帰ってきたら続きやるからなッ!」



















****




月明かりのような薄闇の、地の底。
彼は思いに沈んでいる。
じき、“出掛ける”時刻になるが、バスローブのまま、物憂く椅子に身を預けている。
藍色の視線が見つめるのは、ホログラムに現された、バットケイブの全体構造。
縦横に広がっている巨大な洞窟は、先頃破壊された区画を含め、常に彼によって改修されている。
しかし、ホログラムは、全てを明らかにしているわけでない。

思いを巡らす彼の頭の片隅。
存在しない一つの密室がある。

その部屋の位置を示す地図は無い。
ケイブのコンピュータの中にも、その部屋に関する情報は無い。
そんな空間が、この洞窟には数箇所存在する。
それらの所在と、何がそこに隠されているのかは、彼だけが知っている。
(この事に関し、彼は特に注意深くあらねばならない。)

そのうちの一つに、小さなリングが仕舞われている。
グリーンランタンのそれと形状に共通する点はあるが、色が違う。

彼が最初にそのリングと遭遇したのは、グリーンランタンがジャスティスリーグにいた頃だ。
その事件自体は、ハル・ジョーダンも承知している。
だが、事件の後、リングがどうなったのかは、知らない。
彼は何も明かしてない。
そして、リングはバットケイブに隠された。
クリプトナイトと同様に。


尋常ならざる“力”を持った存在が、そうでない圧倒的多数の間を、自在に闊歩している。
そういった世界の、凡庸な一存在に過ぎない彼は、“神々”に対抗する手段を考えざるを得ない。
弱者の当然の権利であると自己を正当化する気はない。
しかし、彼はどうしても、“ジャスティスリーグ”を無力化する方法を、備えておかねばならない。
そうすべきでない理由を、見出すことが出来ない。
(友人を裏切るべきでない。)
(という倫理的葛藤は、友人を裏切ることは出来ない、を意味しない。)

彼がリーグの一員であるのは、ジャスティスリーグを機能させるためであると同時に、
“何か”が起きた場合、その背中を後ろから刺すためでもある。

彼は、己のそういった思考を、嫌悪する。


けれども、そのリングを現実に自分の指にするまで、(それは彼が本来想定した状況下でなかったが、)
己が手にしているものが一体何をもたらすのか、彼は理解していなかった。

リングは、彼に約束した。
両親の血溜まりの中で跪いた夜以来、彼が求めてやまなかった“力”を。
そして、彼の願いは、遂に叶えられる。
彼の“正義”に反する者達は全てゴッサムから焼き払われる。
灰も残さずに。

その瞬間、彼は己自身に恐怖した。
彼に出来たことは、真実彼の中から込み上げてくる衝動に渾身の力で抗い、
目の前にいる、知人と同じ顔の人間を殺さないよう堪えることだけだった。

その戦闘の中でリングは壊された。
粉々に砕けた。
彼は、どこか安堵した。
しかし、知らぬ間にそのリングが、ケイブの暗闇の中で彼を待っているのを見た時、
彼は悪意を感じた。
そしてすぐに、リングを封印した。

思いを巡らす彼の頭の片隅の、一つの密室。
彼しか知らないその部屋に、罠を仕掛けた。
彼がリングに触れられぬように。
触れようとすれば、死に至らしめるトラップを、自分の手で構築した。
些か、彼にも滑稽に思えた。

言えばいいのだ、グリーンランタンに。
彼が隠しているものが何なのかを。
そうすれば、適切に処分するだろう。
リングの色を考慮すれば、猶更。

それでも、彼は言わなかった。
その機会がありながら、それが最善の処置であると理解しながら、言えなかった。
(そして、先刻の己の行いについて彼は深く自省しているが。)

これからも、何も言わないのだろう。











(次、という言葉を口に出来るハルを、彼は敬服すらしている。)












地の底の暗闇の中に、茫と光が浮かぶ。
ゆらりゆらり、あちらこちらへ。
その光はどこか昏い。
嵐の来る夜明けのような、陰惨な黄金だ。

彼は視界の隅に、その光を捉える。
アルフレッドの目には映らないが、グリーンランタンはどうなのだろう。
あれが見えるのだろうか。

小さなその光には、翅が生えている。
細長く伸びたそれは蜻蛉のようだが、節のある腹部は蛇のようにしなり、頭は蜥蜴の頭骨に似ている。
その口は大きく裂け、鋭い牙が並んでいる。

いったいどういう“虫”なのだろう。
彼があのリングを封印した日から現れ、あのリングと同じ色をしている。


“虫”は、燐光を放ちながら、気ままな模様を闇の中に描く。
そして、ぼんやりと物思いに耽る彼の左手に宿った。

"My dear"

彼は、いつものように指先で軽く追い払った。
その気配に、足元に伏せていたタイタスが顔を上げる。
彼は愛犬の頭を優しく撫でてやった。


「何でもない」
















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(了)


タイタスとは……横顔の凛々しい漢前グレートデーン。
ブルース様がお父ちゃんでダミアンが兄ちゃん。 アルフレッドはお父ちゃんのお父ちゃん。 という家族構成。
さらに猫も牛もいる愉快なウェイン一家。

18で入隊云々は今日も適当ほざいてます。
軍籍は抜けたり入ったりしてたらいいなと。
立ったまま足コキとか姿勢キープ難しくないっすか、と思いつつ、ぼっさまならいける! という結論。



で、黄色いリングについて補足しますと。
あ、FOREVER EVILを読んでない方にはネタバレかもなので注意です。

蝙蝠のとこに黄色リングがスカウトに来る話ってのは、リランチ前だとSINESTORO CORPS WAR前の、#17にあります。
こん時は蝙蝠に拒否られたんでリングは代わりを探しに飛んでくんですが。
(↑は、前に緑リングをつけたことがあるから、って説もありますが、知らね。 おハルさん自体別色のリングを何度もつけてるし。)
で、リランチ後のFOREVER EVILだと、蝙蝠はSCW中に黄色リングを手に入れてたことになってんすよ。
そのリングを、使って壊されるのがFE#4。
ちなみに相手はアース3のおハルさんだったという。
で、蝙蝠のリングはすぐチャージ0になっちゃったんですがね、あれ多分、チャージでなく蝙蝠の殺る気の問題。
という解説を、親切にもシネストロのおじさまがしてくれるのがFE#5。 壊された黄色リングの報復に来ただけって言ってるから、暇だったとしか思えねぇ。
で、その時蝙蝠に、次はもっと上手く使うように、って言うの。 ついでに、"What a wonderful yellow lantern you would make"とも言ってた。
次が来ないといいですね。
いや、だってそれ、絶対蝙蝠にとって悲惨な展開じゃない……。

小話の中の、壊れたはずのリングが、のとこは捏造ですよもちろん。 FE自体がまだ終わってませんしね。
ただ、虫が自主的に蝙蝠に憑いていけばいいなあと。
パララックスというと人なのか本体なのかややこしいので、虫でいいです。 本当に虫だったし。
虫はREBIRTHの頃から蝙蝠のことをdiscipleと言ってみたり、なんだ、大好きだな。
虫の趣味はおハルさんの人生を台無しにすることなので、おハルさんとわりと近しいと言えなくもない蝙蝠のことは、頭をなでくり回したいぐらい可愛いと思ってればいいです。





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