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誰か
悲鳴をあげて
逃げていく
暗い路地裏
何があったんだろう
(あぶないな、転びそう)

お父さん
お母さん

誰もいない

置いていかれたんだ、僕は。

どうしよう
どうしよう
嫌だ
急がなくちゃ
待って
置いていかないで

22口径
血溜まりの中から
ぬるぬるして上手く持てない
早く
速く
急がなきゃ、追い付けない
(弾倉にはあと一発)
指が滑る
片手じゃだめだ
両手で、ピストルをしっかり握って
お祈りの時のように、ひざまずく
人差し指は引き金に
銃口を頸動脈に

神様、どうか僕を
独りにさせないでください


(心臓が止まると人は死ぬんです。)









座席で眠っていた僕はそこで肩を揺り動かされた。
びっくりして顔を上げたら、スクリーンはもう真っ白だった。
客席には僕達しかいない。
(変な夢。)
劇場の外に出ると、ガヤガヤガヤ。
はぐれるからってお母さんが僕の手を握った。
(ぎゅっとするから笑っちゃった。)

お父さんと、お母さんと、僕。
アルフレッドも一緒に来れば良かったのに。


ねえ

どうしてこんな
暗い路を帰るの?



誰か そこにいるよ













映写機のどこかが壊れてしまった彼の悪夢は無間に繰り返される。
技師もいないフィルムに閉じ込められた彼は毎秒16フレームの絶叫。
あの暗い、寂しい路地裏の、殺人劇。
銃声は二発。
崩れ落ちる父母の
流れ出る血液は彼にまとわりついて離れない。
叫び続ける彼の胸骨の暗闇で膝を抱えた小さな彼が叫び続けている。
出口。が探せない
彼の眼を巡るどちらを向いても黒と赤
両足の腱も千切れて立てやしない
くるくる輪転するリールが踊る
永遠に終わらない殺人喜劇













そこで目が覚めた。

実際には、それより0.31秒前に彼の意識は思考の水面上に顕在化した。
だが、そうと理解するまでの一瞬は
光の届かない深淵で溺れるような、永劫。

眼に映る世界が眼球によって捉えられた実存なのか
それとも頭蓋骨の内側で生成され続ける暗夜なのか

知覚と認識の平衡を失ったまま、
彼はただ、身体の底から突き上げる悲鳴の衝動を、捩じ伏せようとした。
狂った嵐が喉奥を引き裂こうとする。
その衝動を縊り殺そうと身体が軋む。

(ただの夢だ。)
(あの路地裏に取り残された子供も、彼等も、)
(この世界にはもういない。)
(だから、もう二度と、殺されなくていい。)

その苦痛が、永遠のように感じられたとしても、
いつかは解放されると、彼は知っている。
あの夜以来、悪夢など幾度繰り返したか分からない。
目覚めてもまだ身体の中で蠢くそれを押し殺す術は、幼い頃に覚えた。
ほんの暫くの間、堪えれば良いのだ。
そうすれば、誰にも知られずに済む。
何事も無かったような顔をして、部屋を出ていける。



やがて、
震えていた彼の内側に、静けさが満ちていく。
心臓が、規律正しい拍動を取り戻す。
深い吐息を唇から逃がし、彼はようやく、意識を世界に開いた。

ここは、どこだろう。

灯りのない場所だ。
夜の明けていない、暗い部屋。
まだ鈍く痛む頭で記憶を手繰ろうとしたブルースは、その時初めて気づいた。
誰かが、彼の手を、握っている。
否、逆だ。
自分が、誰かの手を、両手で掴んでいる。
離さないように、しっかりと。
視線を上げたブルースは、彼を見下ろす瞳と出会った。
ハルが、そこにいる。
暗闇の中、吐息を熱くさせて縺れ合った、同じ姿のまま、
物も言わず二人、お互いの目を見据えている。

その手が、彼に触れるのを、ブルースは許した。
それは、何故だったのだろう。

両手で掴んでいたその手から、ブルースは指を解く。
臓腑の奥底、何かがざわめいている。
堪えようとして、潰した喉が痛んだ。
動揺など欠片も露呈したくなかった。
音をさせずに上体を起こし、片足を滑らせ、爪先が床を捉える。
何も言いたくなかった。
何も聞きたくなかった。
何も無かったことに、したかった。

なのに、
離したはずの手が、彼を捕まえる。
一瞬硬直したブルースは、ベッドに引き戻された。
彼を両腕で抱きすくめたハルは、身動ぎしようとするブルースに言った。

「行かなくていい」

それは言葉というよりも
盲唖の常闇に落とす、小さな燈火

「ここにいろ」

繋ぎ止める腕の中から出ることが出来ず、
崩れるようにブルースは泣いた。














声も上げずに彼は啼く。
壊れたように涙が止まらない。
胸を内側から引き裂こうとするそれが、ただただ、苦しく、

憎悪にも似たその感情を、
ハルは一生涯、知ることはないだろう。




塞がらないのだ、どうしても。

ブルースのどこか、子供の頃に空いた、大きな穴。
手で探ってみても分からない、X線写真を何枚撮っても見つからない、
けれど、そこにある、
人間を丸ごと飲み込むほど大きな、暗い穴。

そんなものを身体に空けたまま、どうして生きていられるのかは、分からない。
同じ夜、彼の両親は、直径5.6mmの小さな銃弾に撃ち貫かれて死んだのに。

健常者の振りをすることは、その頃覚えた。
医者にカウンセラー、セラピスト、教育学者に法律家。
莫大な財産を受け継いだ孤児の後見人を買って出たい、
親切な赤の他人に引き連れられ、有象無象が屋敷に押しかけた。

彼が丁寧に取り繕う仮面の下、どうなっているのか。
誰一人として気付かなかった。

手と足と。
目玉と骨と。
赤黒い怨嗟の詰まった臓腑。
ブルースの全部が消えてしまうまで、獣に喰わせた。
血肉の一片も残さず貪り尽くし、夜闇の怪物は大きく育っていった。

あの夜、暗い路地裏に取り残された子供は、もういない。
ブルースが殺した。


なのに、どうして
彼の胸を撃ち貫いた、幻の弾丸は
その痕をブルースに残したままなのだろう








声も上げずに彼は啼く。
壊れた涙が止まらない。
胸を内側から引き裂くそれは、憎悪にも似た慟哭。

ハルは、
ブルースが一番知りたくないことを、
明らかにさせる。

目を背け、忘れた振りをしても、
精緻な仮面を作り上げ世界から欺いても。
広がり続ける彼の空洞は、あの暗い夜と繋がっている。
いつまでも、いつまでも、血溜まりで跪く子供が、そこにいる。


ハルは、飛べたのに。


父親を殺した青空の、銀翼の高度を遥かに超えて
星々の彼方まで、飛んでいけるのに。




ブルースは、その空に、届かない。





































朝になったら。
部屋を出て、ぷらぷら
適当な店で朝メシにしよう。
どうせコイツ、なんにも食ってない。

そんなことを、ハルは考えている。
何も言わない友人を抱えて腕の中。
まだ、出してやらない。


時々、言葉が通じない。

宇宙で自分一人だけが常に正しいみたいな顔してるくせに、
その顔の前で手を振ってみせる Hello? が眼に映ってない時がある。
何も見てないし、
聞こえてない。

だから多分、泣くのはいいことだ。
それならハルにも分かる。
泣くなら、泣きたいだけ泣けばいい。
泣き疲れてもう一度眠るまで、離さないと決めたから。



そのうち、夜は明ける
















* * * *





いつのまに眠ったのか、わからない。
深い水底のように思えた部屋が、うとうとするうち、明るくなっている。
白茶けた壁。
古びた天井。

(妙な夢を見た。)
(恐竜の卵と一緒に、火星の海を眺めていた。)

ハルは、頭を枕に沈めたまま、ぼんやりしていたが、
傍らに目をやると、誰もいない。
緩慢にベッドから立ち上がり、見るべき場所もない部屋の中を見て歩く。
何もない。

「ブルース?」

呼んで答える愛想もないのは知ってるが。

ビール缶の転がった、小さなテーブルの向う。
ベランダへ続くガラス戸のブラインドは、ハルが昨日上げたまま。
外は曇りなのか、薄い光が漂っている。

ハルは、自分の頬をぴしゃりと叩いた。


「夢か?」
















+++++++++++++++++++++++++++++++++++++

(了)


ここまで読んでくださって、ありがとうございました。




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えーと。
ブルース様とおハルさんの関係は、ゆっるいものだといいのです。
というか、緩くなくなった途端に破綻する類の。
二人とも物事を破綻させるのは大得意だよ!

前に作った『突然ですが夏休みです』は、漠然とその関係性をぶった切る話ですが。
今回のはそれより前にあたるお話で。
こんな夜もあっていいよね、と。
ちなみに、『本日は晴天なり』から今回のがだいたい初夏~七月あたり。
『突然で~』が晩夏から雨季が始まるまでの、どれくらいだろう。
一週間もない話だと思いますが。

うらやましい、という気持ちがあればいいなあと。
ぼっさまからおハルさんに対し。
それは前に作った『モラトリアムの真珠層』から変わってないのですが。
くやしい、とか、そういうコンプレックスを。

んーと。
ぼっさま的には、自分が生きてること自体が間違いなんじゃないかと。
間違いというか、あの夜に自分も死んでいたはずなのに、と考えてる。
んで、生き残ってしまったからこそ、絶望も恐怖も怒りも感じねばならない。
それは苦痛でしかない世界で、けれど、その世界で生きるしかないのなら。

基本的にぼっさまは、ぎゅんぎゅんに愛されて育ったし、
アルフレッドから現在進行形で愛されてるのを自覚してるから、
生きなければいけないのは分かってるといいですよ。

んで。
そういう苦痛の世界で生きるため、自分の中にあるネガティブな衝動を、
犯罪者達をしばき倒して世界から駆逐するという、道徳的?欲求に換えて、
最終的に爆誕するのが蝙蝠かと。
だから、バットマンという形は、発露であり、
精神安定のための一つの装置になってるというか、
そんなものでも作らないと、自分の中の、苦しい、って部分を、
どうすればいいのか分からなかったといいですね。

でもそれって、やっぱり、苦しいってことだと思う。

ただ、ジェイソンの死やARKHAM ASYLUMを経ると、もう完全に止めを刺されてしまうというか、
苦しいとか悲しいとか、そういう自分が意味を失う。
苦しみから救われる、という希望を持つことから、解放される。
AAで行き着く先が運命という言葉だったのが、悲しいねと。


おハルさんは。
自身の恐怖と向き合いのがGLであり、だからこそリングに選ばれたので。
でもぶっちゃけ、どれだけ大損しようが逆張りしか出来ない人生ですよ。
まともじゃないよ。
ぼっさま的に、うらやましいなんて言いたくないよ。
なんだけど。
自分がどうしても欲しいものを持ってる人が近くにいると、うらやましいよね。


今回の話はブルース様の方に偏って作りました。
おハルさん側のはそのうちたぶん。


フィルムが毎秒16フレームだったのは、サイレント映画の頃らしいです。
ジョー・チルの拳銃が22口径だったかは知りません。
それぐらいじゃないかなあと。
あと、ロングハロウィンの凶器が22口径だったので。
始原の恐怖が蝙蝠の姿をしてるのはAAから。
それとTHE RETURN OF BRUCE WAYNEの蝙蝠神。
つか、本人なんですけど。


ブルース様は、ハーヴィーには贖罪の機会を与えることが何度があるのに、
おハルさんに対してはそんなもの全く無かったというか、むしろ「死ねばいいのに。」がデフォ。
目に見える待遇差が清々しいですね。

ここまで読んでくださった皆様、お疲れ様でした!






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