振り返ると、いつのまにかコンピュータのモニターが点灯していた。
淡闇の向うに人影が浮かぶ。
どこかまだ、子供の声だった。

「ロビン? びっくりした……」

暗がりから歩いてきたのは、赤いパーカーを着た、15、6歳の少年だった。
左の掌いっぱいに、あのチョコクッキー。
また一枚頬張って、顎先でケースの方を指す。
いつから、どこまで、見ていたのか。
ぶつぶつ言いたくなる自分の口に、その手から摘まんだクッキーを放り込んだ。
蝙蝠のお仲間は皆、気配を消して忍び寄る習性がある。

「……教えてくれよ、これが何なのか」

ロビンは、口をもぐもぐさせながら、
目の前にいる“ロビン”を見つめた。

「バットマンの最大の“過ち”、ってとこかな」
「どういう意味だ」

バットマンは、あれはもう、特殊能力だ。
瀬戸際の極限状態にあっても、正しい結論を導き出し、
そして、実行する。
理不尽なほど冷徹に。

「このケースは、ジェイソン。 二人目のロビン」
「二人目?」
「今はナイトウィングになってる、あれが最初のロビン」
「その後にもう一人、いたのか」
「聞いてないでしょ、あの人に」
「俺、ルーキーだし。 そんなにバットマンと話せない、はっきり言って」
「言っとくけど、うちのボス、身内にもホント厳しいから」
「あー。 やっぱり」
「でも、それだけじゃない。 あの人は、ジェイソンのことは、口にしたくない」
「どうして」
「彼がジェイソンを殺したから」
「は?」

ありえない。
たしかに、バットマンはその必要を認めれば、自分の仲間だろうが全く容赦しない。
経験済みだから、それは良く知っている。
でもあの人は、救える命は全て救う。
自分を代償にしてでも。

「あの人は、自分が殺したと、信じてる」
「……よくわからない」

少年の目が、フードの下から見上げた。
ドミノマスクのない、真っ直ぐな視線だった。

「いいよ、最初から話す」


それは、遠い昔のような
見知らぬ二人の物語。

ストリートキッズと、ヴィジランテが
道端で、信じられないような出会いをした。
ジェイソン・トッドの運命は、その日大きく転換した。
二人が互いの中に何を見出し、何を考えたかは、二人にしか分からない。
しかし、紆余曲折を経て、元路上孤児は晴れてバットマンの相棒となった。
彼の養子になり、ほんの一時、ジェイソンはブルースの子供だった。
少年は、幸福だった。

その名前を、あの人は今、決して口にしない。
彼の旧友たちも、誰一人として。


「けれど、ジェイソンは死んだ。
 表向きは母親と一緒にアフリカで事故死したことになってるけど、違う。
 ジョーカーに殺されたんだ」


光の中、ガラスケースに封密された、ロビンのコスチューム。
夜闇を鮮やかに駆けた少年は、もうどこにもいない。

殺された。

その言葉が、胸に刺さった。


「あの人は、全部自分のせいだと思ってる」
「……なんで」


動揺してはいけない。
と、念じる心臓の奥、軋み始める。
きつく縛り付け、見えないように押し込めた
膿んだ傷口がそこにある。


「ジェイソンは、ロビンになりさえしなければ、あんな殺され方をせずに済んだ。
 彼が死んだ原因は、彼を巻き込んだ、自分だ」


考えない方がいいと、思えば思うほど、
内側から裂けて、溢れ出す。
胸腔を、喉を、暗く苦いものが塞ぐ。
溺れる。
目を閉ざした瞬間、
暗闇に、思い出したくない光景が浮かんだ。


ドアの隙間から
彼女の、美しい金髪と
奇妙な角度の腕が、覗いている
暗いキッチンの床を、どす黒い液体が這っていく


眼球の奥に凍りついた、その一瞬が
消え去ることなど永久に無い。
アレックスは、彼女の恋人がグリーンランタンだったから、殺された。
たった一人で、
助けを呼ぶことも出来ず、
死んだ。


「あの人は、ジェイソンを死なせた自分自身を、一生許さない」


もっと良く考えていれば、彼女を一人にするのは危険だと分かったはずなのに。
もっと早く気付いていれば、彼女を救うことだって出来たはずなのに。

取り返しのつかない過ちを、犯してしまった。


もう 無理だと思った。
リングを捨てたかった。
そうしなかったのは、単に出来なかっただけで
本当は、あの時
リングからも、自分自身からも
逃げ出したかった。


「あの日からずっと、自分を罰してる。
 彼のケースを、必ず目の留まる場所に置いて、
 自分の過ちを責め続けている。
 きっと、永遠に繰り返すんだろうね」


ここはまるで、墓場の底だ。
あんまり暗くて、淋しくて
黒い風穴が、胸の奥
見たくもない底無しの
闇を覗く。

けれど、
この暗闇の中
あの人は


「かわいそうな、ブルース」


何度でも
自分を縊り殺すのだろう


「まるであんたが、死人みたいだ」


果てのない暗夜
流れる血の赤も分からない深淵を
独り、突き進みながら
己を呪い続ける、夜闇の怪物
憤怒と憎悪に臓腑を凍てつかせ
その両目を怨嗟に抉らせて


そうやって、たった独りで ハルは死んだ。


積み重ねた屍の道を
一度も立ち止ることなく
引き留める友の手を
一瞥もせず
彼が贖おうとしたものも
彼自身も、消え失せた


「そんなの、ちっとも笑えない」


さびしい言葉をきいた 
取り残された子供の声だ。
目を明けてみれば、暗闇の底に一つ灯る、白い光。
まだ帰らぬ人を待つ、幻の少年。

そのケースの前に、両膝をつく。
頭を垂れ、両手の指を組む。
どう祈ればいいのか、わからない。
背負いきれない自分自身の過ちを、懺悔したいだけなのかもしれない。
眼球の奥が、熱くなりそうで、目を閉じた。
ただ強く、願う。

明かりを。

足が砕けても
前へ進もうとする人の闇路に
どうか、明かりを。
永遠に夜が明けないのなら
その地平に星を。
胸に炎を。


あの日、捨てられなかったリングは、今も手の中で輝いている。
それが正しいことだったのか、この先も迷うだろう。

だから、たのむよ。

せめて、小さな光を。
あの人のために。


































どのくらいの間、そうしていたのか分からない。
不意にぽんと、肩を叩かれた。

「どうしたの?」

顔を上げると、ドミノマスクの少年がそこに立っていた。
“三人目”、“今”のロビン。

「どうって……」

待て。
ロビンなら隣にいたはずだ。

「勤労奉仕でしょ、聞いてるよ。 でもどうしたの、こんな所で」
「いや、だって今、ここに」

ロビンは不思議そうに、首を傾げた。
いつのまにか、ケイブの照明が元に戻っている。
整然と並んだバットモービル。
吹き抜けに吊られた、見上げるほど大きな道化師のカード。
しかし、辺りを見回してみても、
目の前にいる少年以外、誰の姿もない。

「……なあ、いつからケイブにいた?」
「僕? 今来たトコだけど」

そういえば、バイクの排気音を聞いたような気もする。
なら、あのロビンは、どこに消えた。
あれは、誰だ。
顔が
思い出せない。

「そしたら、ボスと同じポーズで固まってるんだもん。 びっくりした。
 グリーンランタンってそんなことも分かるの?」

と、クッキーを片手にロビンが聞く。
どう答えればいいのか、言葉が出なかった。
“ボス”
その呼び方を、ついさっき別の口から聞いた。
偽りのない、思慕の声だった。

「じゃあ、僕はこれからあの人を迎えに行くから。
 デスバレーだってさ」

翻るケープが、颯爽と闇を。
だからロビンは、バットマンのパートナーなのだろう。

ぼんやりそんなことを考えながら、後姿を見送った。
何がなんだか、まるで分からない。
独りまだ、床に座り込んで。
立ち上がる気が起きない。
目だけで見上げた、ジェイソン・トッドのメモリアルケース。
二人目のロビンは、何事もなかったように、真っ直ぐな視線を。

先程まで、そのケースに手をかけ
語りかけるように、立ち尽くしていた少年は。
あれは。

“ハロウィン”

ナイトウィングがそんなことを言っていた。
今日は、死者の祭か。




「これだから、ゴッサムって街は……」

















++++++++++++++++++++++++++++++

(終)




ハロウィン。
仮装した子供達やナイフを持った殺人鬼に交じって、死者達の帰る日。
ディックがハロウィンのことを言ったのは、ゴッサムで事件が多い日だから、という意味ですよもちろん。

カイルくんは何と会ったのか。
ジェイソンのつもりで書いてますけど、好きなようにお考えください。
妖精じゃね?とも思う。 メモリアルケースにまつわる色んな人間の想いから生じた、集合体的なロビンなの。
まあ、お好きなように。
どうせ、この後にプライムパンチとかアース統合とか奇々怪々なことが起きて、ジェイソン自身が復活します。
ラザルスピットよりプライムパンチ派。 いいじゃないか、バカらしくて。

この話を作ってる時、頭の中にあったイメージが、お墓の下で亡霊と一緒に暮らしてる王様でした。
扉は自分で内側から閉めた。
蝙蝠は、ティムがいるおかげで精神的に落ち着きを取り戻しているけれど、
ジェイソンが死ぬ前と死んだ後で、同じようになんて生きていけないといいよ。

そこらへんの事情とか、わざわざ教える人もいないから、カイルくんは色んなことを知らなかったといいです。
でも、知らないということを、知ってる子だといいです。
カイルくんと蝙蝠の関係性は、カイルくんがJL内で頑張るのは代理父達に認めてもらいたいから、と書かれてたので、そんな感じで。
蝙蝠に褒められると照れるわ調子に乗るわ、蝙蝠から何かやれと言われると、絶対無理!と言いながらやりとげます。

ところで、カイルくんと言えば、かの有名な冷蔵庫事件。
でも、その後も二人、恋人が死んでるので高い死亡率である。

おハルさんもといパララックスが死んだのは、FINAL NIGHTで太陽を再点火させたからですが、それを頼んだのがカイルくんでした。
でもあれは、おハルさんがその後でちゃんと皆のとこに帰ってくると信じて頼んだんだと思う。
そういうハッピーエンドを信じてたんだと、思いたい。
帰ってこなかったけどね。

そういうパララックスに対する超人と蝙蝠の反応が本当に対照的で、この二人はお互いに欠くべからずだなあと思いまちた。

本当は太陽の中に無傷の死体が残ってるとか、この後おハルさんは元気にスペクターになるとか、めんどいから省略。
なんでデスバレーって、私が行きたいからです。
この後カイルくんは、COUNTDOWN TO FINAL CRISISでジェイソンと出会いますが、うっわマジでクソ野郎! だからゴッサム住民は……、と思うといいですね。
私は本編よりもレイさんを探せの方をお勧めします。 そっちの方がまだ、友好的、お互い。





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