たいとる : 『うそつきは舌ヲ抜かれる。』
ながさ :ほどほど。
だいたいどのあたり :昔々のジャスティスリーグ。
どんなおはなし :『エチュード』のお空から墜ちる大富豪視点。 ひとりでいると他愛もないことを考える。
ちゅうい :腐女子向けだよ。 そして当たり前のようにGL/蝙蝠だ。





++++++++++++++++++++++++++++++++++++++










誘拐されるのは、慣れている。
身代金や会社の決定に対する脅迫、目的は様々。
命を狙われることにも、慣れている。
ブルース・ウェインの死亡が、自身の利益に繋がる人間は多い。
パーティーで狙撃されたことや、爆弾を胴に巻き付けたテロリストとエレベーターで二人きり、という事件もあった。

比較して、海抜数十万mの成層圏に突然テレポートされたことは、
特別問題というわけではない。

しかし、墜落死とは。
たしかに高度は充分だ。
が、一人殺すだけなら、もっと簡便な方法があるだろう。
ブルース・ウェインは、傍らにボディガードがついて回るのを嫌うし、
銃口を突きつける犯人に抵抗するような、英雄的気質からも、もちろん程遠い。
殺害方法を決めさせたのは、状況か、あるいは

『内緒にしてほしいけれど……僕は本当は、高いところが苦手なんだ』

一ヶ月前、そんなことを、彼女に言った。
あれは、ハイジャックされた飛行船から姿をくらました時の、口実。
しかし残念なことに、ブルース・ウェインは 酷い嘘つきなのだ。
そして、



雲の発生する高度を遥かに超えた、
透きとおる蒼穹を、
墜ちる。



酸素の欠乏が、網膜に幻覚を躍らせる。
極彩色の花々は くるめくように咲き乱れ、散華。
鼓膜の奥、異様な怒号はコーラス。
一万人の心臓の音が、幾重にも膨張し、轟き渡る。
その呼吸と、その血流とを。
最小まで。
機能停止寸前の、虚ろの域まで限りなく、抑制する。
識覚、僅かに瞬き、一つの微細な結晶となり、
ただ、静謐の、透明の
青。






嘘は、ブルース・ウェインを構成する重要な要素だ。
気紛れな大富豪が、唐突に行方をくらましても、いつものことかと人は思う。
そこに、ちらりとでも女性の影があれば、尚更納得する。
マスメディアは、ブルース・ウェインも驚くような物語を作り出し、こぞって彼に協力する。

人は、嘘を好む。

目の前で両親を殺害された子供を担当したカウンセラーは、
事件の記憶が、彼に心的外傷を残していることを認めたが、
それでも充分に、"健常な"精神状態にあると結論付け、法廷で宣誓した。

その頃から彼は、何をどう演じれば良いか、知っていた。
その頃から、ブルース・ウェインという虚構の人間を、作り上げてきた。
暗い夜闇の底を彷徨う、仄かな幻影同様に。


しかし、一切の、碧瑠璃の
静止と錯覚させる 青を
墜ちる。


夜闇の怪物には、曇天を駆る黒翼があるというが、
生憎とブルース・ウェインは、高いところは苦手でないが、太平楽の阿呆に過ぎず、
今日は2:15から墜落してもらいます、とは秘書も言わなかった。

ただ、空を、墜ちる。

その男に、名前があったとして、何の意味も為さない。
丹念に、綿密に築き上げた、その虚飾もまた。

意味の剥離した肉塊が。
果ての知れぬ群青の虚空に、ぽつんと。
手錠が、指を離れていく。

墜ちるのだろう、
誰にも見つからぬよう、海に。
墜ちて、
沈む。
光の届かない、深淵の、
黒い渦の、底。
あらゆるものは、いつか、のみこまれる。
万有の、重みに耐えきれず。
沈み、崩れ、




消える





















「……あー、ミスター。 落し物では?」


このグリーンランタンは、
何故こう、嫌な時ばかり顔を見せる。
















「気にしないでくれ、じきに迎えが来る」


と、丁重に断ったはずだが、そもそも聞いてないのだろう。
リングは光を結晶化させ、球体を形成して静止する。
中天に ふわりと浮かんだ内側、
自分の足で立ち、 深く、息を吸い込む。
酸素濃度は地上と等しい。

"彼等"が一瞬で行う、その鮮やかさは、奇跡のようだ。
いとも容易く、目を奪う。
万雷の喝采。

「で、今日はどこから落っこちた訳で? Mr.ウェイン」
「今日は落ちたんじゃない、テレポーターのおかげだ」
「成層圏の真ん中に?」

この男は、気づいてないが。
バットプレーンがこの空域に到着して、既に11秒が経過した。
今は太陽の中にあり、無論クロークシステムが機能している。
それらのいちいちを、人々を助けるのが仕事の"スーパーヒーロー"に説明する 情熱が、
ブルース・ウェインには欠けている。

「転送先を設定したのが僕だったら、今頃恋人のところにでも逃げていたかな」

唇を重ねるのは。
他にすることもないから。
球体の、小さな世界の内側。
ブルース・ウェインのそれに、意味という意味はない。
誰にでもだらしなく身を凭れては、戯言だけを口にする。

「スカイダイビングは、好きだよ」

私は、自由意志から
垂直落下する
零。





墜ちる、という行為は
ある文化では通過儀礼として見られる。
抽象的には、それは死を経験するという意味だ。
あらゆる生物は本能的に死を厭う。
にもかかわらず、あるいは、だからこそか。
自ら死へと歩を進める行為は、人類の文化において、特別な意味を持つ場合がある。

「ウェイン氏は、そんなものが、怖い」

宗教的修練や、東洋武術における精神鍛錬は、ある境地に至ることを目的とする。
曰く、無明の惑いを断ち、寂光の真理を悟る。
曰く、森羅万象の生滅流転から解脱する。
曰く、極小の我に極大の宇宙を観る。
自己の完全なる"統一"、とでも言うことが出来るかもしれないが、正しくはない。
それは、言語を超えた領域だ。

だが、求道者はその果てに、真の安息を得るという。

死と向き合うことは、そこに至る行の一つとされている。
散漫に生きるだけのブルース・ウェインには、理解し難い境地だ。

「僕は君と違って、平凡な人間だよ」

15歳になる前に、ゴッサムを離れた。
そして、世界各地を放浪した。
何を求めているのか明確には分からぬまま、あらゆるものを学ぼうとした。
渇望していた。

思い出す。
雪と風に閉ざされた極地の寺院で、
闇の中、小さな炎が生き物のように揺らめき、
深淵の底が、開いた。



けれども、不肖の弟子がその境地に至ることは、遂になかった。
師はそれを "業"と言い、傲慢とも諭した。
そうなのだろう。

一つ悟ったことがあるとすれば、結局私はゴッサムの人間だった、ということだ。
どれほど遠く漂流しようとも、いつかは、虚飾と、蒙昧と、奇形で溢れた
懐かしい街に 帰る。


「僕は、そういうことを真剣に考えるには、全く不向きな人間だよ」


今日もまた、その真理の一欠片を掴むこともなく。
球体の、小さな世界の内側。
何故かハルに頭を撫でられる。
凍えた指を探して、掴み取られる。

私はこの男が嫌いだ。
そして、この男はその理由を知らない。

頬や、目許や、唇に。
優しく触れてくるものから、顔を背ける。
そこには、一面の青。
ただ透き通るその虚空を、見る。

達磨は壁に向かって九年坐禅した。
慧可は自分の臂を切り落とし、証とした。


重ねた指と、掌と、
あわいを巡る血液は、ゆるやかに、手首から肩へ
やがて、胸の奥。



「僕は、君のそういうところが、大嫌いだ」




















++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


ぼっさまは、自分を卑下しているのではなく、
理想と基準と気位が鬼のように高いだけです。
だから、至らない自分を恥じる。
自分自身を慰めることの出来ない人だと良いですよ。


カウンセラーとか法廷云々その他、今日も適当ぶっこいております。




←もどる。