たいとる : 『エチュード』
ながさ :短い。
だいたいどのあたり :昔々のジャスティスリーグ。
どんなおはなし :お空から落っこちてきたら知り合いに会ったので大富豪は他人の振りをしたいようです。
ちゅうい :腐女子向けだよ。 そして当たり前のようにGL/蝙蝠だ。





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重力の、色は。
ハルの両目に鮮やか。
無辺無窮の宇宙を跳躍し、光一条で地球まで貫く、帰還。
電離圏、燃え落ちる流星を追い越せば、
静止と錯覚させる、青。
一切の、碧瑠璃の。
天上の滞空。
この色は、地球にしかない。

荘厳な雲の峰々は遥かに下、大海を漂う白い浮島。
地上までの残りの道程を、重力に任せ、
滞空、僅かに音速の。
ただ青色の孤独。

(その虚空を、自在に駆け抜ける)
(赤い血と神経の通った銀翼を、何よりも懐かしく思う。)
(けれども、いつか、を考えるのは、少々苦手な性質なのだ。)

思考、漂流の。
何を思うでなく、しかし、成層圏の半ば。
遮蔽物のない視界を、何か小さな物が掠め過ぎた。
瞬間、追い抜いていたハルは肩越しに振り返ると、急旋回して上昇する。
中空で掴み取ったそれは、

「手錠?」

蒼天は、舞い散る花弁のよう、白い雪の欠片 ふわり。
流れゆく風の向こう、墜ちていく影を、見た。

たしか、前にもこんなことが。

まさかとは思いつつ、ハルの加速は光の軌跡を空に描く。
地上からの高度は、通常のジェット機が飛行する航路よりも上だ。
しかし、墜ちていくそれは、人の形をしている。
否、墜ちると言うには、悠々として。
四肢の安定した、模範的フリーフォール。
たしかに、その高度と落下速度を競うスカイダイビングは存在するが。
パラシュートは忘れずに着用してほしい。
本人の安全と、通りすがりのヒーローがうっかり救助しないように。
そして、ハルは墜ちゆく人の隣に、並んだ。

「…… あー、ミスター?」

声をかけた相手は、上品な仕立てのスーツ。
もちろんパラシュートがどこかに装備されている様子はなく。

「落し物では?」

先程の手錠を振ってみせるハルの言葉に、顔を上げた双眸は、
光を透過して瞬く、ガラス細工のような。

「失礼、たしかに僕が手を滑らせたものだ」





ブルース・ウェインと言えば。
ウェインエンタープライズを始め、産業界に限らず様々な分野の大企業の、そもそもの所有者で。
つまりは世界有数の資産家なのだが、
何故か良く、空から墜ちてくる。

「気にしないでくれ、じきに迎えが来る」

と、のんびり落下を続ける大富豪を、ハルは訳も聞かずに放っておくわけにはいかず、
リングは光を結晶化させ、淡く輝く球体として二人を包む。
見渡す限り広がる雲海に ぽつりと浮かび、
迎えはまだ来ない。

「で、今日はどこから落っこちた訳で? Mr.ウェイン」

問いながら、ハルが手を伸ばしてブルースに触れたのは、
首筋に手を添え、間近に顔を覗きこんだのは、
酸素濃度の低い高層大気を降下したことによる体温低下を確認するためであり。
他意はない。
そのまま唇を重ねるのも。

「今日は落ちたんじゃない、テレポーターのおかげだ」
「成層圏の真ん中に?」
「転送先を設定したのが僕だったら、今頃恋人のところにでも逃げていたかな」

冷たく、けれど柔らかく、触れては離れ、また。
そのうちに、舌先が絡み合い、
じんわり熱で溶けていく。

「スカイダイビングは、好きだよ」
「ああ、パラシュートの代わりに手錠をして落ちる、新しいスタイルの」
「ミスター・ミラクルみたいで格好良いじゃないか。
 でも、これが知れたら取締役会でまた叱られる。 君、今日のことは黙っておいてくれ」

球体の、小さな世界の外側は。
気温がマイナスだが。

「ウェイン氏は、そんなものが、怖い」
「僕は君と違って、平凡な人間だよ。 怖いものなんか幾つでもある」
「たとえば?」
「そうだな……取締役会の連中ときたら、僕にもっと会社に顔を出せといつも煩いし、
 何かあるとさっさと結婚しないからだと責めるし、何処々々のお嬢さんなら許してやるとか、
 うちの娘はこんなに良い子なんだぞとか言ってくる。 怖いだろ」
「それは なかなか」
「僕は、そういうことを真剣に考えるには、全く不向きな人間だよ。
 始終遊び回っていて、ゴシップ記事の常連になることしか能がない」

大富豪の話はいつまでも取り留めがなく、
その身体を両腕で抱いているハルは、適当に相槌を打つ。
ブルースの肩に顎を乗せ、眺める空は、遥か果てのない、青。

「……今日のデートに遅れそうだ」
「じゃあ止めれば」
「君ならそうするかい?」
「いや」
「これは、僕の "仕事"でもある」
「急いでるなら送ってやりましょうか」
「僕より女性達に喜ばれそうな男にエスコートされたくないな。 矜持に傷がつく」

けれど、茫洋たる雲の上、迎えの姿はまだ見えず、
大富豪は仕方のないことばかり言う。
ハルは、ブルースの頭を撫でてやる。
まだ冷たい指先を探して、自分のそれと重ねて。
こめかみや、頬や、目蓋を伏せるその目元に、キスする。

「はっきり言って、僕は君のそういうところが、大嫌いだ」

そんな台詞で ふいっと顔を背け、
けれども、絡めあう指の解かれることもないまま。
ハルは、ブルースの肩に唇を寄せて、
遠く、空の彼方を眺めた。

おそらくは、まもなく途絶える、小さな世界の中。





















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何やってんのと他人に言われたら、答えようのない関係。


蝙蝠がヴィランホイホイなのは世界の真実だけれど、あの大富豪も結構な騒動に巻き込まれる。
誘拐した場合の身代金は天井知らずダヨ。
そして、何故か大富豪は会社のおじちゃん達に可愛がられてる印象。
ところでデートは言葉どおりの意味じゃない。

しかし、前にもこんな話を書いたなー。
ちゅーとかハグで終わる話が好きなのです、ホント。



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