たいとる : 『Honey, I'm home.』
ながさ :ほどほど。
だいたいどのあたり :原書「GREEN LANTERN」#9(vol.4)の、蝙蝠に呼ばれたおハルさんがまんまとゴッサムに来る話。
              事件解決後に二人してバットモービルで帰ってくる必要が本当にあったんですか。
              ちなみに#9は『GREEN LANTERN : REVENGE OF THE GREEN LANTERNS』に収録。
             『REBIRTH』が邦訳されるんだから、うっかり奇跡が起こってコレも入っちゃえばいいのに。

ちゅうい :↑#9の事件が『INFINITE CRISIS』の最中であると仮定して、このSSを作りました。
       よって、『IDENTITY CRISIS』、『THE OMAC PROJECT』、『JLA : CRISIS OF CONSCIENCE』に関する描写があります。
       まだそこらへんは読んでないよ、という方にはネタバレになる可能性があります。
       そして、あまり具体的に書いていないので、上記の本を御覧になってない方には良く分からん話かもしれません。
       あ、『JLA : TOWER OF BABEL』もちょっと入ってます。

どんなおはなし :おハルさんと蝙蝠で人生についての反省会。 お互い後ろ暗いことは多いですね。
           一部にごく当然のようにGL/蝙蝠を示唆する部分がありますが、8割方本筋に関係ないです。





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立ち入り禁止を示す黄色いテープは、二重三重に。
郊外のモーテルをぐるりと囲み、パトカーの赤と青の警告灯が忙しなく回転する。
モーテルの住人達には、部屋に戻ってドアと窓を閉めるよう伝えてあるが、
容疑者を乗せたメタヒューマン用の護送車が走り去った後も、
騒然とした空気は、ここで事件があったのだと色濃く伝える。

今回の事件が早期に解決したことを、ゴードンは素直に喜びたい。
このゴッサムでは、何が災厄の連鎖となるか分からない。

今日のアメリカ合衆国において、
『地球外生命体の宇宙船が地球に墜落し、
 駆けつけた黒服の秘密機関が、その痕跡を目撃者の記憶ごと消去した』
というのは、全くテレビドラマのストーリーで。
現実のゴッサム市警が扱うのは、
合成麻薬に関わる組織犯罪から、隔世遺伝により人狼化した主婦の捜索まで。
他銀河からの異星人による偶発的器物損壊事件は、まだ話が収まりやすい。
アーカム入院患者の脱走の方がよほどゴードンを悩ませる。

混沌は、しかし、ゴッサムという街そのものだ。
背徳者達の楽園などと称されながら、この街の重力は、人を、物を、金を、
そして、あらゆる種類の災厄を惹きつけて止まない。

だが、この街の奥底には、ゴードンの古い友人がいる。
星空を覆い隠す曇天にシグナルが灯れば、
漆黒の翼は音もなく舞い降りる。

「では、後は頼んだ」
「任せてくれ」

"彼"の前に立つ時、ゴードンはいつも
底知れぬ深淵を覗き込むような、不可思議な静けさを覚える。
無限の夜闇が、漆黒の像となって現じたような、異形の影の
相貌は怪物の仮面。
両眼は冷たい銀のガラス質。
その下にあるはずの素顔も、真実の名前も、ゴードンは知らない。
ある者は彼を狂人と言い、またある者は人ですらないと語る。
ゴードンにとっては、最も信頼する盟友以外の何者でもない。

そして、常と同じく、
言葉少なく闇の中に消えようとする影に、ゴードンは何気なく言った。

「君の友達にも感謝していると伝えてくれ」

すると、振り返った銀色の両眼は、

「ジム、あれは断じて、友人ではない」

一言一言、釘を刺すように告げた。







そんな二人の会話が聞こえたわけではないが、
ハルは、戻ってきたバットマンが自分を目にした瞬間、
壮絶に嫌そうな顔をしたのを見て、にやりと笑った。

「もういいのか?」
「……用件は済んだと思うが、ジョーダン」
「そ。 事件は無事解決。 犯人は確保済み。 負傷者は俺以外ナシ。
 あいつがぶっ壊した車だって補償が下りるだろうし。 プランどおりだっただろ?」
「お前のそれは掠り傷だろ」
「結構だくだく血が出てた気もするけど、ま、かすり傷だな」

ハルは両腕を開いて機嫌良さそうに言ってみせた。
反対に、バットマンの顰め面は緩むどころがますます険悪になっていく。
ハルのことは勿論、ハルがバットモービルに凭れかかっているのも、気に食わないのだろう。
無論、ハルはわざとやっている。
ぞわりと闇夜が殺気立つ。
このちりちりする空気をリングにスキャンさせれば、何かしらの成分は検出されるだろう。
それぐらい嫌悪されていることは、自覚している。
第一、バットマンが言うには、ここにいるのはハルでなくて、ジョーダンらしい。 何だソレ。

が、そのジョーダンとかいう奴に、手を貸せと言ってきたのは、
気難しくて頑固で偏屈なこのダークナイトの方で。
こんな時でも、呼べばジョーダンの奴はゴッサムまで来ると考えているのなら。
まったく、ハルは。
簡単に帰ってやる気がまるで無い。


やがて、問答にもうんざりしたのか、
先に折れたのはハルでなく、

「……アルフレッドはもう休んでいる。 茶が飲みたければ自分で仕度しろ」
「りょーかい」

しかし、

「待て。 何故お前までバットモービルに乗ろうとしている」
「ん? なんでそれが疑問なのかまず分からない」
「飛行出来るんだから勝手にさっさとケイブに行って茶でも飲んで帰れば良いだろう。 私は知らん」
「うわ、知ってたけどおまえホントっ、鬼だな!」














石造りの荘厳なゴシック建築と、玲瓏としたガラスの高層ビル群が
混ざり合い融け合った街並みを、疾駆する影は一つ。
漆黒の車体は夜闇を雷鳴のように裂く。
夜明けまではまだ数時間。
影絵の街は、束の間の微睡みの中。
雲が切れたのか、時折、月が覗いていた。
いやに大きな月だった。

「この辺りはだいぶ変わったな。 新しいビルが増えてる」

頬杖をついてハルはぽつりと呟く。
隣でハンドルを操るダークナイトは応えない。
銀の双眸はフロントガラスの向こうをじっと見据えている。

「でも、やっぱりここは、ゴッサムだな」

フン、と鼻先で冷笑した相手は、
一応ハルの言葉を聞いてはいたらしい。

「感慨深くなるほど愛着も無いだろう、この街に」
「いや? 懐かしいもんだ、改めて見ると」
「つい先日もゴッサムに来たと思うが。 デスペロと一緒に」
「改めてって言ったろ。 あと、俺が連れてきたみたいに言うな」
「違ったか」
「違う」

ハルは、ウィンドウの外を眺めていた視線を、隣に転じた。
漆黒の仮面は前を見据え、表情を変えない。
それこそが彼の顔であるように。
ハルは流れていく街並みに目を戻し、頬杖をつく。

「……まあ、違わないか」


デスペロの襲撃だけでない。
立て続けに世界を揺るがす惨事と、悲劇。
ブルービートルが殺され、
ワンダーウーマンはマクスウェル・ロードの首をへし折り、
OMACの大軍がそこら中に溢れてメタヒューマンを狩り始め、
彼等を統轄している監視衛星ブラザーアイは見つからない。
そして、ジャスティスリーグは、もう無い。

全ての元を辿れば、あの日に帰る。


「おまえさァ……」

月光は青く透徹して。
狂乱と享楽の街は、廃墟の夜。

「その監視衛星、いつから作ってたんだ」

視線を交わさない二人の。
言葉は独り言のようで。
返される言葉も、遠く。

「……以前、ケイブのコンピュータからJLAに関するデータファイルが盗まれたことがあった」
「カイルから聞いたような気がする。 死ぬかと思ったって」
「ジャスティスリーグへの対抗手段の一つとして、私が用意しておいたものだ」

声は、感情すら失くしたのか。
淡々と事実を述べていくバットマンの話を聞きながら、
ハルは、その結論を知っている。
やけに落ち着いていると、ハルは自分を思う。
それは、ハルがとっくに見限られているせいかもしれない。


ハルが死ぬよりもっと前、バリーがまだ生きていた頃。
ジャスティスリーグの中にはもう一つ、7人だけのリーグがあった。
守りたかっただけだ。
ジャスティスリーグを、自分達の大切な人々を、7人は守ろうとしていた。
7人の一人として、ハルは少なくともそのことは、信じている。
しかし、あの日ハル達は、墓場まで持っていく秘密を抱えた。
隠し通して、自分達の死と一緒に葬り去ってしまいたかった、大きな過ちだ。

「その必然があった場合、ただの人間が、どうすれば彼等を止めることが可能か、考えた。
 そして、その必然性を、私が全く疑問にしていないこと対し、些か違和感を覚えた」

過ちを、犯した。
越えてはならない一線に触れ、踏み越えた。
後悔しなかったはずがない。
あの後で、あんなことが起こるなら、力尽くでも止めた。
スーが殺されなければ、あの日本当は何が起きたのか、7人の誰も決して明らかにしなかっただろう。
出来るはずがない。
結局、全員で、友人を裏切ることを決めたんだから。

「私が、あの日のことを "思い出した"のは、その後だ」

バットマンの記憶を、奪った。
あの日見たものを、7人を責める嵐のような嚇怒を、
忘れさせ、"何も起こらなかった"ことにした。
きっと皆、恐ろしかったのだと思う。
守り通そうとしたものを、全て破綻させてしまうのが、恐ろしかった。
しかし、"無かった"ことに出来る過去など何一つ無いと、ハルは今なら良く分かる。
そして結局は、この有様。
バットマンは、ずっと前から、ハル達のことを見限っていた。

「私は、お前達を、信用していない」

何でも疑うのはもう病気だな。
そんな風に昔オリーがからかった。
あの頃は、それでもブルースは、確かに違っていた。
今は、

「お前達を、信頼することが、出来ない」

そして、地球全体を監視するブラザーアイは生まれ、
テッド・コードは一人でOMACプロジェクトを追い、死んだ。










眼球の表面を。
月光も、街も、滑らかに流れ去るだけなので。
いつか緩やかに減速し、静止しても。
ハルは暫く気づかなかった。
やがて、瞬きの静か。
夜闇の街の真ん中で、バットモービルは停止している。
奈落から仰ぐように月は天。

「……どうした?」

ハルは計器類の小さな蛍火を眺めながら聞く。
隣は、無言の闇。
ついにハルを蹴り出す気になったのかもしれない。
バットマンは今でもハルを許してない。
あの日のことだけでない。
ハルは、取り返しのつかないことを、した。
大勢死んだ。 ハルが殺した。
パララックスとして、時の終わる果てから劫初の刹那まで見渡し、全てを理解したつもりになった。
真実は何一つ分からず、罪人のまま死んだ。
そんなハルを、ブルースは決して許さないだろう。
それを否定はしない。
それでも構わないと、もう決めた。

「……ハル」

その時、小さな声が、聞えた。
遠く遠く隔てられ、ようやく微かに響いた、幻のような。
ここには二人しかいないのに。

ハルは頬杖から頭を上げ、隣の旧友を見た。
漆黒の仮面は、冷たい闇夜そのもののようで、やはり表情がない。
銀の双眸はただ前を見据えて。

「ブルース?」

唯一露わにした口許の、固く引き結んでいた唇が、
ほんの小さく震え、けれど何も言わないまま、きつく噛み締められる。

「言えよ」

侮蔑でも罵声でも、言いたいことがあるなら全部吐き出してしまえばいい。
ここには二人しかいないのに、
ブルースはまるで、一人きりだ。

「いいから言え」

その仮面を取り去って、両手で顔をこちらに向かせ、ブルースの目が見たかった。
無意識に動きかけた腕をハルは止めた。
良い子になってしていたシートベルトが小さく軋んだ。
簡単なのだ、多分。
素顔にさせて、どこも見てはいない暗い瞳と出会うことも。
身体ごと抱き寄せて、押し黙る唇に唇で触れて開かせるのも。
ブルースの、本当の言葉以外の声を引き出すのは、
ハルには簡単だ。
そうやって朝まで泣かせて、誤魔化し合うだけの関係だったんだから。
けれど、
死ぬ前も、死んでからも、変わらないのは。
この、誰のことも信じることが出来ないと、
一人でぽつんと闇の底にいつまでもいるような奴を、
どうしようもなく遣り切れないと思ってしまうぐらいには。
ハルには、大切な友達だった。


「…… 何でもない。 忘れろ」


固い声が言い切った瞬間、再びアクセルが踏み込まれた。
凶悪な馬力を誇るエンジンが咆哮し、急回転するタイヤが甲高く鳴く。
そして、バットモービルは一気に最高速度域まで加速した。
口を開きかけたハルの言葉は、肋骨を軋ませそうなGに圧迫され、
意味不明の音になったが、それだけだ。
ダークナイトは、そんなハルをちらりと一瞥し、

「つまらんな。 シートベルトをしていたのか」
「最初のでこりたんだよ」

バットモービルは今度こそケイブに帰るため、ゲートを潜って地下道に入る。
等間隔で通り過ぎていく設備灯を睨むように、ハルはぼそりと呟いた。

「おまえ、ホント強情だな」

ハンドルを握るブルースも、ただ前を向いて、

「否定はしない」



夜明けまではまだ数時間。
頑なな友人に言おうとした言葉は、ハルの胸の中だけにある。
言葉よりも伝えておきたいことがある。
きっと、伝わる。
手段ならケイブに着くまでに思いつく。
今は、極め付けに強情な奴のために、黙っていてやることにする。




「あ。 おまえさっき俺のこと、ハルって言った?」
「言ってない。 どこを聞いている」
































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この子はGL#9のあの話が本当に好きなんだね、と思ってくださったら幸いです。
やー、原書を読んだことのない方には分かりにくいお話だったなあと反省しております。

ところで、蝙蝠が思い出すタイミングなんですが、原書だとはっきり書かれてなかったと思うんですが……。
ブラザーアイを作るのだって、ある程度期間は必要だったろうと思いますし。
そこにさらにマックスの介入とかチェックメイトとかOMACもあるんで。
少なくとも『IDNENTITY CRISIS』なんかよりずっと前のはずと思い、『JLA : TOWER OF BABEL』の前と仮定しました。
もし、蝙蝠がいつ思い出したのか御存知の方は教えてください。
はっきり書かれてないと思った部分は平気で捏造するサイトですよ!
思い出すなら、あの殺人ファイルとかブラザーアイとか作った後に思い出した方が、救えない。

あ、GL#9にゴードン本部長いませんよ。 捏造です。
しかし考えると、『INFINITE CRISIS』あたりは蝙蝠が最悪の状況だったなあと思い、
そんな時でもおハルさんには連絡するよ、とかだったら超楽しい、というハイ妄想妄想!
だって何だかあの時のおハルさん、うきうきだったんだもんッ
前の『REBIRTH』でグーで殴っといてソレどうなの!? ねえどうなの!

最後になりましたが、断固として言いますと、Honey,I'm homeという題はおハルさんのことじゃないです。


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