何て名前だっただろう。

さっきからハルはあれこれと考えているが、どうしてもしっくり来ない。
あの、逆さにすると雪景色になる、あのオモチャ。
あれとそっくりだ。

光の摩天楼は、雪と氷を透かして、乱反射の煌きを舞い散らせる。
そんなゴッサムを、じっと見下ろす石造りのガーゴイルの頭上、
眺める世界は、まるであのオモチャの中に入り込んだようだ。

夜半を過ぎ、こんな日だからか、街は静かなもので。
ハルが首を傾げても、なかなか思い出せないのは、だからかもしれない。
それでも、もうそろそろ帰ろうかと思った。
冷気は緩んで、明日には氷も溶けるだろう。

その世界。 雪白の摩天楼に ひらり、黒い蝙蝠が。

ハルの耳元で高層を吹き渡る烈風が轟と吼える。
漆黒の羽は苦もなく虚空を滑る。
そして、ハルの立つガーゴイルの片割れに降りた。

「全部終わったのか?」

ハルの問いには答えず、バットマンはゴッサムを見下ろす。
しかし、逃げた全員をアーカム送りにしたのでなければ、今ここにいないのだろう。
黒い仮面の横顔はむすっとして黙り込んでいる。
ブルースは、まだ何かを怒っている。
ハルは両腕を組むと、同じようにゴッサムを見下ろした。
足元では、いかめしい形相をした石の怪物が二匹、肩を並べている。
口を開いたのはブルースの方だった。

「……ここで何をしている」
「特に何もしてない」

あからさまな溜息がハルの耳に届く。
強い風がまた吹いて、漆黒のケープが流れる。
それは夜闇であるように暗く、深い。

「……停電の発生していた区域が全て復旧した」

土地柄か、そういう運命なのか、ゴッサムは特異な商業都市で、
湾を挟んだメトロポリスの公園で桜が咲けば、同じ時刻のゴッサムは猛烈な吹雪だった、ということもある。

「着雪によって送電線が短絡事故を起こしていたが、整備会社は渋滞のせいで動きが取れなかった。
 だが、現場に到着して調査してみると、損傷箇所は既に修理されていたらしい」

他の都市よりも災害が多い分、慣れてはいる。
それでも、人の手に余ることは多い。

「宙を飛べるブルドーザーが街路の除雪をしていた。 何故か全機とも緑色で、所属が分からない」

ハルは、隣にちらりと視線をやり、また戻す。
ブルースは、やはり不機嫌そうに唇を引き結ぶ。

「おまえが余計なことをするなって言ったから、余計なことをしてやろうと思ったんだ」

夜風が沈黙の間を吹き抜ける。
つられて、最後の雪の欠片が、闇を流れた。
眼下に広がる数奇な街には、くるめくような明るい光が溢れ。
堅い唇はようやく綻ぶ。

「ハル」
「ん?」
「……礼を言う」

ハルは思わずまじまじとブルースを眺めた。

「そのためにわざわざ来たのか?」
「気に入らないなら取り消すが」
「いいや別にー?」

にこっと笑ったハルに、仮面の下のブルースは珍しくはっきりと感情を顔に出した。
ただし、それは他人が容易に読み取れるものではなかったし、
ブルース本人にも表現しうるものでなかった。
ハルはただ、そんな友人のことが、いつになく面白かった。

「……用件は済んだ」

ブルースの声はいつも以上に無愛想だった。

「帰るのか?」
「こんな日はもう何も起こらない」

夜闇のケープを翻し、バットマンはガーゴイルの上から虚空へ向かう。
けれど、ブルースがその足を止めたのは、後ろから二回のくしゃみを聞いたからだ。
振り返る。 目と目が合う。

「今日寒かったから」
「……そうか」

今は右の指にあるリングのために、ハルは雪と氷の中をさすらった。

「来るか? アルフレッドが何か温かいものを作って……」

最後まで聞き終える前にハルは足を踏み出して。
薄く開いたブルースの唇に、その勢いのまま押し付けるようにキスすると。
重力に従って、二人とも落ちた。

虚空の光は逆さに飛び去り、暗い夜空の足元へ。 墜落は漆黒の翼を大きく広げる。
ハルは両手でブルースの顔をしっかり支え、覗き込んだ。
表情を隠そうとする仮面の、銀の両眼の奥は。

「行く」

ハルは晴れやかに笑った。
































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別に高いとこから落っこちても平気です、二人とも。

基本的におハルさんは無茶だといいです。
蝙蝠はそんなおハルさんに終始イラっとしてればいいです。
んでも、無茶なのがおハルさんなので、もう仕方ないのです。
蝙蝠はそんなおハルさんをちょっとは好きだといいですね。

しかしGLは便利だなあ。



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